じゃあなんでキスしたんですか?


「本人は嫌がって人前じゃ絶対飲まないようにしてるらしい。まあ当然だわな」

「素直に……なる?」
 
わたしの反応を見て、「信じらんねぇだろ?」と続ける。

「もう子供みたい気持ちがすぐ表に出てさ。しかもにこにこ笑って気持ちわりいのなんのって」
 
桐谷さんは一度だけ、上司の勧めで断れずに飲んでしまった森崎さんを、自宅マンションまで送り届けたことがあるらしい。

「酔わせりゃきっと、銀行の暗証番号でもすらすら答えるよ。あれは」
 
楽しそうに笑っている桐谷さんのとなりで、わたしは固まった。

「気持ちが、表に……」

「普段ぶすっとしてっから。その反動なんだろうなぁ」
 
他人事の口調で「酒は恐ろしいな」と締めくくる。

「ん? なんだおまえ、真っ赤になって」
 
全身の血が、一気にめぐる。
 
もやが引いて、晴れた空があらわになっていく。
 
どうしても思い出せなかった笑顔が、目の前に、鮮やかによみがえる。
 
――ほんと、かわいいなおまえは。
 
どくん、と心臓が大きく脈打った。

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