じゃあなんでキスしたんですか?
「お」という声に顔を上げると、篠沢部長が笑顔でこちらを見ている。
わたしは篠沢部長とは直接の面識がない。ちいさく会釈をして通り過ぎようとすると、思いがけない言葉が聞こえた。
「よ、森崎くんの秘蔵っ子」
「……え?」
思わず足を止めた。
「頑張ってるね君。ええと、小野田さん」
「あ、はい」
グレーがかった眉を柔和に下げ、篠沢部長は親しみやすい笑みを浮かべる。
「先月のブルーバード、なかなか興味深かったよ」
ブルーバードとは、社内報のことだ。
小洒落た呼び名を敬遠して社内報と言う社員が多いなかで、堂々と正式名称を口にすることに驚いた。
たんに自分の仕事を褒めてもらったことに対する親近感以上の好感を、篠沢部長に抱く。
「ありがとうございます。ちょっとずつ、ためになるコンテンツを載せていこうと思って」
社長の声や、会社理念を伝えるためだけじゃなく、個々の社員の声や想いも伝えられるように、わたしは森崎さんと少しずつ社内報の改革を行っている。
「本当によくやってるよ。森崎くんが君を推薦したときは、こう言っちゃなんだけど、大丈夫なのかって不安の声のほうが多かったんだ」
驚きよりも、当然だという気持ちのほうが大きい。