じゃあなんでキスしたんですか?

 
何度も訪れている森崎さんのマンションも、ここ二週間ですっかり様変わりをしていた。
 
力強く生い茂っていた立木の葉はすっかり色あせ、間引きされたみたいに裸の枝を夜空の下にさらしている。
 
枝のあいだに広がる星空は、はるか高く、澄んでいた。
 
ひんやりと冷たい空気に息を吐き出し、うっすらと白くけぶるそれを両手ですくいあげてみる。なんの感触ももたらすことなく、吐息の残骸はあっというまに空気中に沈んでしまった。
 
こんな日は、手をつないで夜の散歩でもしてみたい。
 
ほんのすこし冷えた空気は、きっとふたりを寄り添わせる接合剤になる。
 
首を縮めてエントランスをくぐりながら、でもきっとダメだろうな、と思った。
 
この近辺に居住している会社の人間は、わたしたちの関係を知っている桐谷さんだけだけれど、取り決めたルールにささいな例外でもつくってしまえば、きっといつか大きな間違いを引き起こす。

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