じゃあなんでキスしたんですか?
「処女とかホントめんどくせぇのに……いったいなんなんだよおまえは!」
どん、と右のこぶしをわたしの顔の横にたたきつける。
「し、知りませんよ。キレながら迫ってこないでください!」
近づく顔に耐え切れず目を伏せると、勝ち誇ったような声が聞こえる。
「その男性恐怖症、俺がなおしてやるって言ってんだよ」
「結構です! ていうか、別に恐怖症じゃないし! 業務に戻らなきゃいけないので失礼します!」
桐谷さんを振り切ってホールを突っ切った。
角ばった螺旋を描いて上下に伸びる階段は、窓がなく日差しの影響を受けないせいかうっすら涼しい。
あの人、本当に何なんだろう。
自動販売機に追い詰められた場面を思い返して背筋がこわばる。
じっとわたしを見下ろした強く光る黒目と、澄んだ白目。
ああいうふうに迫られると、どうすればいいのかわからない。
桐谷さんはわたしが男性経験がないのをいいことにからかっているだけなのだ。
それが分かるから余計に腹立たしかった。
セクハラされてるんですって、上長に相談するべき?
デスクに戻り、正面の席で仕事をしている森崎課長を覗き見る。
いつもの無表情でモニターを眺めていた課長の眉間に、わずかに筋は入ったと思ったら、
「大橋、ちょっと」
わたしの隣席を一瞥して、先輩を呼び寄せる。