キスはワインセラーに隠れて




――それが、私と藤原さんとの出会い。


あの日から、二度とワインセラーには近づくもんかと心に決め、今日まで彼を避け続けることに成功していたのに……

どうしてまた私は、この暗くて狭い密室で、彼に睨まれているんだろう。


「あ、あの……なんのご用件でしょう」

「お前、最近匂う」


そしてなんでこの人は、いちいち私を壁に追い詰めて会話をするの?

その整った顔を近づけて、毎度耳元でささやくみたいに話すのもやめて欲しい。


「……に、におう? ちゃんと朝はシャワー浴びて来ましたけど……」

「そうじゃなくて、なんかつけてんだろ。レストランで香水はマナー違反。特に、ウチみたいなワインを楽しむような店ではな」

「あ……」


なにかつけてる、というのは本当だった。

彼に初めて会った時“美味そうな香りがする”と言われてしまったから、自分ではわからないけど女っぽい匂いがしちゃってるのかなという不安が生まれて。

だから最近、ほんの少し男物の香水を身にまとって出勤するようにしていたのだ。


「ごめんなさい……量はそんなにつけてないし、柑橘系だったら不快に感じる人も少ないかなと思ったんですけど……」

「どんないい香りであれ、料理とワインの風味を邪魔するものはダメだ。俺の営業妨害にもなるしな」

「……以後、気を付けます」


それにしても、藤原さんって本当に嗅覚が鋭いんだな……。

一緒にランチしてた小羽だって全然香りのこと気づいてなかったのに。

そんなことをぼんやり考えていると、藤原さんが少し私から体を離して腕組みをしながら言った。


「――で。本題」


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