キスはワインセラーに隠れて
離れたと思ったのに、またゆっくりと近づいてきた藤原さんが、ケモノの瞳で私を射る。
目力がありすぎて、逸らすことすらできないよ……
「――来月、ワインの買い付けに行く。それについて来い」
「買い付け……? 俺、ワインに関しては全くの無知ですけど……」
「だからだよ。なんの知識も偏見もないヤツの意見はときに役に立つときがある」
ふうん……そういうものなんだ。
仕事なら断れないし、そうでなくてもこの人の誘いを断るなんてこと、限りなく無理に近い気がする。
「わかりました。で、どこに行くんですか?」
「山梨。一泊で」
「へえ、山梨に一泊……って。と、泊まり!?」
静かなワインセラーに、素っ頓狂な私の声が響いた。
いけない、今の声はちょっと女っぽかったかも。
いや、でもそんなことより泊まりって……かなりまずくない?
「何か問題あるか?」
「もちろんありま! ある……ような、ないような……」
言いかけて、視線を泳がせる私。
ダメだ、うまい嘘が何も思いつかない。
一泊ならなんとかなるかな……? いやいや、いくら私が男っぽくても、普段の生活姿はやっぱり女だろうし……
せめて、部屋が別々なら――
「部屋は、ツインでいいな?」
まるで私の心を見透かして、わざとからかっているかのように藤原さんが言った。
なんか、悔しい……ここで動揺したら、また変な風に疑われてしまいそうだし……