キスはワインセラーに隠れて


普段スタッフが出入りに使っている、レストランの裏口。

私はそこで、呆然と扉を見つめていた。


「……開かない」


確認のためにもう一度ドアノブを引っ張ってみても、やっぱりそこが開くことはない。

……なんで? 私、早く来すぎた?

ポケットからスマホを出して時間を確認すると、別にいつも出勤するのと同じ時間帯。

首を傾げてスマホをポケットに戻そうとしたらちょうどバイブが鳴り、メールの着信を知らせた。

……なんだろう。

ポン、と画面に触れて受信ボックスを開くと、私の鼓動が小さく乱れた。


【差出人:藤原雄河
 件名:今からここの住所に来い】


久しぶりに連絡してきたと思ったら、そんな意味の分からないメール。

件名を見る限り、あの俺様ってば全然反省してないみたいだけど……そんなことより気になるのは。


「これ……どこ?」


そこに記された見慣れない住所を地図アプリに打ち込んで、その場所とここからの距離を調べてみる。

徒歩ならふた駅電車に乗って、そこからさらに歩かなきゃならないみたいだけど、自転車なら30分。

いや……30分って、結構、遠くない?


でも、さっきから誰もここに来る気配がないし、藤原さんだって今日出勤のはずなのに別の場所にいるってことは、私もそこに向かった方がいいってことなのかな。

最後の出勤日なのに肩透かしをくらったような気分になりつつ、私は自転車に乗ってそこを目指してみることにした。


< 160 / 183 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop