キスはワインセラーに隠れて
「だから、環ちゃん覚悟しておいた方がいいかも」
「か、覚悟って……?」
聞き返したところで、オーナーがハザードランプを点けて車を停めた。
いつの間にか私のアパートの前に着いてたんだ。
「……雄河に正体ばれて、職を失う覚悟」
あ、あれ……? オーナーは味方だと思ったのに……
頼りない表情をする私に、彼は厳しい口調で言う。
「香澄がああ言うからいちおうはきみを雇うことにしたけど、俺はやっぱりこんな時間まで女の子を働かせたくないってのが本音。だから、雄河にばれたらばれたで、俺は少しほっとするかな」
「オーナー……」
私はきゅっと、下唇を噛んだ。
暗い車内で唯一明るさを放つカーナビ。その画面が表示している時間はAM2:32。
確かに、こんな時間まで働くのは危ないのかもしれない。
男のふりをしていたって、力じゃ絶対に男の人には敵わないから、いざそういう目に遭った時、自分の身が危険に晒される。
きっと、オーナーはそういうことを心配してくれているんだよね――――でも。
「私……あの店で働き始めて二週間になりますけど、どんどんお店のことが好きになってるんです。一緒に働く人たちのことも。
須賀さんに馬鹿にされないくらい料理の知識だって増やしたいし、藤原さんのこと、彼の好きなワインのことも、もっとちゃんと理解したい。
それに何より、私に働く場所をくれて、私をこうして家に送ることまでしてくれるオーナーの役に立ちたいから……まだ、クビになるつもりはありません!」