光のもとでⅡ

Side 司 01話

 いつものようにエントランスの一角で翠を待っていると、待ち合わせ五分前に翠が下りてきた。
 俺の姿を見つけ、慌てて駆け寄るのも相変わらず。
 俺はこの先何度「走るな」と注意すればいいのだろう。
「ごめんっ」
「走るな」
「でも、ほんの数メートルだもの」
「距離は関係ない。それに、待ち合わせに遅れたわけじゃないだろ」
「そうだけど……」
 翠は反論したそうだったが、結果的には反省の言葉を口にした。そして、俺の機嫌をうかがうように、
「……おはよう?」
「はい、おはよう」
 俺は翠の空いている右手を取り、コンシェルジュの並ぶエントランスを早々に横切った。

 屋内から見て知ってはいたが、外は思いのほか風が強い。時折突風が吹いては翠の長い髪を巻き上げる。
 翠は必死に髪を手で押さえていた。
「体調は?」 
「……こんな天気だからね、ちょっと痛い。でも、ひどく痛むわけじゃないから大丈夫」
 笑顔を添えられたことにより、強がりなのかと勘ぐってしまう。
「本当に?」
「嘘はつかない」
 翠の目を見れば嘘をついていないことなど明らかなのに、どうしても目で見て確認できるものを探してしまう。
 いつものペースで歩けているし、振動を気にしているふうでもない。さらには俺の腕が翠の腕にぶつかってもよける仕草は見られなかった。
 痛みはそれほどでもないみたいだけれど――。
「無理はするなよ」
「うん」
 翠が今日出る競技は玉入れ とワルツ。
 人と接触する可能性があるのは玉入れだが、団体競技でもある玉入れは、痛みがひどければ参加を辞退するだろう。
 逆に、翠が意地になってでも出ようとするのはワルツ。
 組に迷惑をかけまいと自分の責任を果たすべく、痛みを我慢してでも相応に踊ってみせるはず。
 痛みがひどくならないことを祈るが、もし痛みがひどくなったときにはなんと言ってなだめたらいいものか――。
 そんなことを考えながら翠に視線を向けると、翠はひどく険しい顔をしていた。
 歩く動作から痛みを隠しているようには見えないが、実は相応の痛みが出ているのだろうか。
 少し考えてそれはない、と判断する。
 もし痛みが出ているなら、翠はそれが表情に出ないよう細心の注意を払うだろう。
 それなら、いったい何を考えてこんな顔をしているのか……。
 心当たりはなくもない。
 昨日の今日だ。まだ昨日のことを引き摺っているのかもしれない。それでも、それが一〇〇パーセント正解である自信はなく……。
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