音楽が聴こえる
別に高級ランジェリーでもないけどさ、ヒトの下着の上に寝なくても良いじゃん。


あたしは無防備に眠る悟の無精髭をそっと擦った。

……一緒に弾くぐらいすれば良かったね。

そんなことで口喧嘩して、挙げ句シュウの話しまで出て来ちゃって。


……シュウ、と心の中で呟いても、今はもう張り裂けるような痛みなんて感じない。

何もかも初めてで大切だった、恋。

全てを捨てても良いとさえ思ってた。

あたしとシュウのことを知って、猛反対した父のことさえも。

「シュウの野心はお前を不幸にしちまう。……俺みたいに」と言った父。

母とのことをずっと後悔して。
自分のことを未だに許せなかったんだと、父の言葉を聞いて初めて気付いた、十代最後の夏。


それなのにあたしの世界は、バンドとシュウだけで。

ーー 音楽と恋愛しか見えてない、バカな女だった。


もう一度、悟の顎を指でなぞると、うっすらと瞼を開け、寝起きの割りには強い力で、あたしの手首を引っ張った。
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