キミとの距離は1センチ
《──珠綺ちゃん、俺と付き合わない?》



半年前のあの日、ふたりで外勤から帰社してすぐ。

……正直に言うと。ああ言われた時点で、わたしは宇野さんのことを、それまで恋愛対象として見たことはなかった。

だって、宇野さんだよ? 王子様を現代に具現化したような、あの宇野さんだよ?

万が一にでもそんな人と付き合ったら、まるでドラマみたいに「あんたなんかあの人につり合わないのよ!」って宇野さんのことがすきなキレーなお姉さんとかに呼び出されるの、目に見えてたもん。


……だけど。



《別に今は俺のこと、すきじゃなくてもいいよ。お試し感覚で、付き合ってみない?》



ただのファンタジーな妄想だって、ちゃんとわかってる、けど。あのときの宇野さんは、何か魔法でも使っていたんじゃないかって、今でも思ってしまうんだ。

だってわたしは宇野さんに、先輩としての好意はあっても……恋愛感情なんて、これっぽっちもなかった。

けれどオフィスに向かうエレベーターの中、いきなりちゅっとキスされて。それからぽかんとそのお美しい顔を見上げてる間に、なんとも妖艶な笑みを浮かべながら、前述のせりふを言われて。

……気付けばわたしは、うなずいてしまっていたんだもん。
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