キミとの距離は1センチ
たん、と、壁に手をつける。

水の中から顔を上げてその場に立つと、伊瀬が小さく拍手してくれた。



「うん、ちゃんとできてる。もう沈みそうになってないし」

「ほんと?! やったー!」

「感覚、忘れんなよ」



そう言って笑う伊瀬に、思わずわたしもえへへと笑顔を返す。

覚えてみれば、案外簡単だ。もっと早く、息継ぎできてたらなあ。

あ、でもそうしたら、今日みたいに伊瀬に特訓してもらうこともなかったのか。

なら、できてなくてよかったや。


そこでふと、急に伊瀬が真顔になった。

何事かと思って首をかしげると、ふい、と何気なく、顔を逸らされる。



「伊瀬?」

「……佐久真。後ろのリボン、ほどけそうになってる」

「へっ」



あわてて首の後ろに手をやってみれば、たしかに、トップスを支えている蝶々結びが緩くなっていた。

あ、危ない……こんな公共の場で、危うくはしたないものをお見せするところだった。

ていうか、まずは伊瀬だ。公然わいせつの被害者。
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