私と彼の恋愛理論
「で、その謎の大学講師に食事に誘われたと。」
久々に里沙と一緒のランチタイムだった。
「うん、まあ。」
同僚で親友の彼女は呆れた顔で私を眺めている。
「つれない彼氏はやめて、そっちの男に乗り換えようってわけ?」
「そんなつもりじゃないわよ。」
「じゃあ、どんなつもりよ?」
私物の本を貸した日から一週間経った昨日、彼は本を返すため私を訪ねてきた。
その時、お礼に食事でもどうかと誘われたのだ。
もちろん、最初は断った。
そんなつもりで貸した訳ではないし、何よりそんなに簡単に男の誘いに乗るほど軽率でもない。
だけど、困り顔で断る私に彼はこう言ったのだ。
『警戒しないで。僕、こっちに赴任してきたばかりで知り合いが少なくてね。ちょっと話し相手が欲しかっただけなんだ。』
そう言われると、変に警戒していた自分が逆に恥ずかしくなる。
それと同時に、数年前に自分も同じような境遇に置かれていたことを思い出す。
就職とともに住み始めたこの街は、どこか閉鎖的な雰囲気があった。
はっきり余所者扱いされている訳ではないが、地元出身者同士で結束しているようなところがある。
里沙のような友達が出来るまでは、慣れない街で随分寂しい思いをした。
「とにかく、ただ食事をして話すだけ。友達みたいなもの。」
結局は、食事に行くことを承諾してしまったのだ。
「ふーん。友達ね。まあ、ちらっと見た感じ、まどかが時々話してる理想のタイプに近いし、うまく行けば本気で乗り換えてもいいんじゃない?」
今度は里沙が少し意地悪そうな表情で見つめてくる。
「そんな乗り換えるなんて。」
そう言いながらも、確かに彼が私が話す理想に近いことは否定できない。
年上で優しい男性。
趣味も会話も合う。
彼なら、たとえ意見が食い違っても、おそらくまどかを正論で説き伏せるようなことはしないだろう。
里沙が言うところの謎の大学講師、皆川敬一郎はまさにまどかの理想を絵に描いたような男だった。