私と彼の恋愛理論
彼は、中堅ゼネコンの設計部で働いている。

仕事は多忙を極め、帰宅は深夜になることも多いし、休日出勤となることもしばしばだ。


夜中、ベッドの中で私はかすかな物音で目を覚ます。

鍵穴に鍵を差し込む音。

部屋に遠慮なく上がり込んでくる足音に、警戒ではなく安堵すら覚える。

暫く夢と現の間を漂った後、ベッドの揺れで再び目を開くことになる。

安眠を妨害されて本当ならしかめ面をしてしまう場面なのかもしれない。

だけど、私はきっと笑顔を浮かべてしまっている。

「ん…尚樹?…おつかれさま。」

「ただいま。」

私のベッドに潜り込んでくる彼がたまらなく愛おしいから。

彼が帰ってくる場所が私のところでたることが、たまらなく嬉しいから。

私はきっとこの瞬間、笑っているのだと思う。



「私なら、絶対やだ。」

カウンターに並んで腰掛けて、手元はひたすら『図書館だより』を折るという単純作業を繰り返している。

横に座る同僚であり、親友の彼女は手を止めずに、私の寝不足の理由を聞きながら呆れた声を上げた。

「でも、忙しいのに毎日会いに来てくれると思えば、嬉しくない?」

私は慣れたように言い返す。

「まどか、あんたどれだけ前向きなの?それとも、マゾ?」

「うーん、意外とそうなのかも?」

「肯定しないでよ。冗談だから。」

これは、すでに定番となっているやりとりだ。

この県立図書館に勤めて、もう五年半になる。

地元の大学を卒業してから、司書の職を求めてこの街にやってきた。

期限付き採用の嘱託職員として三年働いた後、毎年受け続けた採用試験に合格して、二年半前から正規職員として働いている。

隣に座る彼女、池戸里沙は私と同い年。新卒で採用されているので、厳密には私の先輩なのだが、同じように五年半ここで働いているので、まるで同期であるかのように接してくれている。

恋人の尚樹は、仕事が忙しくなってくると、私のアパートに夜な夜な泊まりにくる。

しかも、深夜にやってきて、合い鍵で鍵を開け、私の寝ているシングルベッドに潜り込む。

彼曰く、終電はとっくになくなってるし、私の家が会社から近いので、私の家に泊まるのが一番合理的なんだそうだ。
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