私と彼の恋愛理論

彼はこの行為の最中にほとんど言葉を発しない。

聞こえてくるのは、時々荒くなる息遣いと、時々満足そうに漏らす微かなため息だけ。

もちろん、甘い言葉や愛の囁きなど聞いたことはない。
これは、ベッドの中に限ったことではないけれど。

それでも、熱っぽい視線を絡ませて、彼が私を求めていることは伝わる。

私の素肌の上を滑る手も、口から首筋を辿り次第に胸元に降りてく口づけも、彼の愛を感じるには十分だった。

ゆっくり時間を掛けて一つになった後も、彼は決して自分本位なセックスはしない。

そして、二人で果てる直前、彼は必ず私の手を握る。
彼の顔から余裕が消える、唯一の瞬間。
繋がれた手から伝わる熱が私の体をますます熱くさせる。


愛の言葉なんて要らない。
必死に私を求めるその手があれば十分だ。

果てた後、彼は私の耳元で私の名前を呼ぶ。

「まどか…」

掠れた微かな声だけど、毎回必ず。
私は、毎回、脳内で勝手に「愛してる」に変換している。

それくらい、彼の行為は愛に溢れていた。



「まあ、うまくいってて何より。でも、尽くしすぎて、まどかが倒れないようにね。」

親友の親切な忠告、素直に受け取ろう。

「はい、気をつけます。」

思わず、寝不足の目をこする。

「しかし、彼って冷めてるように見えて、意外とまどかにハマってるのね。」 

「そうかな?」

「そりゃ、そうでしょ。でなきゃ毎晩残業した後で、わざわざ彼女のところに行かないわよ。ましてや、夜中に疲れた体で抱いたりしないでしょ。」

「ちょっと…」

彼の行動に関しては私も同意見だが、改めて人から指摘されると恥ずかしい。

「本当に、人は見かけによらないわね。」

里沙がため息混じりにそう言うのには理由がある。

彼女は、私が彼と出会って、恋に落ちた瞬間を、すぐ横で見ていたからだ。


私と彼が出会ったのは、ここ。

この図書館のカウンターだった。

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