私と彼の恋愛理論
転機というものは、あっけなく突然やってくるものなのかもしれない。


「俺、引っ越しするわ。」

恋人がある日、口にしたのはこんな報告で。

我が家で、当たり前のように夕飯のエビフライを食べながらだった。

「えっ?急に何で?」

私が驚いて聞き返すと、彼は暫く考え込むような素振りをした。

珍しいなと思った。
彼の行動はいつも論理的で、動機が明白だ。
衝動的に何かするなんてことはない。

だから、理由を尋ねて考え込むなんてことはまずないのだ。

「……来月から大きなリゾート開発の仕事が入る。しばらく、忙しくなるから会社の近くに住むことにした。」

彼が沈黙の後に口にしたのは、まっとうな理由だった。

きっと多忙で帰れなくなるのだろう。
着替えを取りに帰るにしても、仮眠を取るにしても、家は近い方がいい。

「そう。」

納得したような返事をした私だったが、心の中にはもやもやとしたものが溜まっていくのが分かった。

今までだって、忙しいときは殆ど家に帰らずに私の家に泊まっていたのだ。

ちなみに、私の家も彼の会社から徒歩で15分ほど、タクシーなら5分で着く距離だ。

なぜ、今なのか。

理由を答える前に、どうして間があったのか。

浮かんでくる疑問はたくさんあったが、私はそれを飲み込んで、代わりの言葉を口にした。

「引っ越し、いつ?片づけるの手伝うよ。」

仕事以外のこと、特に住まいに関しては無頓着な彼のことだ。
きっと、頼むと言うに違いない。

「いや、引っ越し業者に頼むから大丈夫。」

素っ気ない彼の返事に、少しだけ動揺する私がいた。

「そう。また場所教えてね。」

「ああ。」

このとき感じた違和感が、私の心の中でどんどん膨らんでいくことになるなんて。

私はまだ想像すらしていなかった。
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