私と彼の恋愛理論

「翔子、今日少し時間ある?」

もう会うこともないと思っていた彼が、社員用の通用口の前に立っていた。

二人でワイングラスを傾けた三日後のことだ。

その日、シフトが早番だった私は夕方に仕事を終えた。
珍しく残業もなく、久々に少し寄り道をして帰ろうと思っていたところだ。

「ええ、予定は特にないけど…」

そう歯切れ悪く答えると、彼は微笑んだ。

「よかった。ちょっと付き合ってほしいところがあってね。」

そう言って、私を大通りへと促す。
世間では、今日は休日だ。
繁華街を行き交う人々は、どこかのんびりとした雰囲気で、それでいて皆どこかへ向かって足早に歩いていく。

「付き合ってほしいところってどこ?」

彼の横を歩きながら、私は尋ねた。

「すぐ着くから。着いたら説明するよ。」

「ちょっと待ってよ。」

私の制止も聞かずに、彼は歩き続ける。

やがて、彼は少し不敵な笑みを浮かべると、急に立ち止まった。

「ここ。」

彼が足を止めたのは、ジュエリーショップの前だった。

「女性にプレゼントを贈る予定なんだが、何がいいか全く分からなくてね。」

そう言う彼を唖然と見つめる。
どこの世界に、元恋人が薦めたアクセサリーをもらって喜ぶ女がいるのだろう。

「いや、さすがにそれは…」

思いっきりしかめっ面で断る私に彼は、潔く頭を下げた。

「頼む。翔子しか思いつかなくて。お礼に食事でもご馳走するよ。」

「でも…。」

「昔から、翔子はセンスがよかっただろう?せっなく贈るなら、喜んでもらいたいんだ。頼むよ。」

彼が必死に頭を下げる姿を、通りがかる人が皆興味深く振り返っていく。

どんなに言っても頭を上げない彼に根負けして、私はしぶしぶ引き受けた。

「絶対に贈る相手に言っちゃだめよ。」

「もちろん。言わないよ。」

彼は、また満足そうに笑った。
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