世界でいちばん、大キライ。
久志の腕を、力の入らない手で引っ張るようにしながら訴える。
けれど、全く手ごたえのない久志の反応に、麻美はいらだちを露わにする。

「……もう! ホント、肝心な時になにも言わないし動かないしっ。そんなんじゃ、大事なものなんか手に入んないよ!」

麻美の叫びが耳に入ると、久志は突然、脳裏に別の顔が浮かび、声が聞こえてきた。

『久志はただでさえ言葉足りないのに、子どもと暮らすだなんて、どーかしてるよ』

そう言われたのは、今から約1年前――。

麻美の世話をすることを決めて、真っ先に報告した、当時の彼女の言葉だ。

麻美のことだけが原因ではなかった。
その前から、彼女はそういうふうに日常から感じていたのだろう、とその時久志は痛感した。

言われたことを否定もしなかったし、それこそ彼女を引き止めるようなこともしなかった。
それが、その彼女を追いかけて、その手に抱き留めることを諦めた瞬間だった。

昔のことを思い出して、久志の時間は少しの間止まっていた。

そんな理由で固まっていることなど麻美にはわかるはずもなく、なんの反応も見せない久志は睨みつけられる。

「……もうっ。ヒサ兄のそーいうトコ、大っきらい!」

鼻息を荒くして捲し立てると、麻美はそのまま踵を返して自分の部屋に戻った。

バタン!と乱暴に閉めたドアの音を遠くに聞きながら、久志は麻美の言葉を反芻する。


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