世界でいちばん、大キライ。


――少し前のカフェ・ソッジョルノ。

今日、桃花は運悪く早番で、本来ならば6時過ぎには上がっていた。
けれど、一方的とはいえ、〝約束の日〟だから閉店まで粘りたい気持ちだった。

その願いを神様が聞き届けてくれたのか……。

桃花の上がる時間頃に、珍しく団体客などが来店してきて、了に残業を頼まれると、桃花はふたつ返事でそれを了承した。

そして、閉店前の午後8時半に店内は落ち着いて、桃花は解放されたのだが。

「お疲れ様。いや、今日はびっくりしたね。あと30分あのお客さんが遅かったら、俺死んでたよ。桃花ちゃんがいるときでよかった」

カウンターに腰を下ろす桃花に、了が心底助かったといった顔でそう言った。
桃花は笑顔で応えると、目の前に白いカップが置かれる。

「はい。どうぞ。でも珍しいね? ラテじゃないなんて」

閉店間際。桃花はさりげなく店内で一杯飲んで行くと了に伝えて店に居座っていた。
もちろん、その理由はたったひとつ。

「あ、ありがとうございます。いいんですか? ごちそうになっても」
「お礼。あ、もちろん残業代は別につけるから安心して」

了がふざけ調子で言うと、桃花はさらに顔を綻ばせた。……けれど、どこか元気のない笑顔で。

「なんか、疲れたせいですかね。甘いものが飲みたくなって」

両手でカップを包むようにしながら、湯気が立ち上る水面に視線を落とした。

了には建前でそんなふうに答えたが、本当は違う意図でココアを頼んだ。

以前から、麻美と交わした約束。
『ココアを飲んでいるときは素直になる』というものに、少しでもあやかろうとしてそれを選んだ。

もし……久志が来てくれた時に、互いに素直になれるよう……そんな子どもじみた願掛け。

(でもそんな些細な願掛けも、久志さんが来てくれないなら意味ないけど)
< 141 / 214 >

この作品をシェア

pagetop