世界でいちばん、大キライ。
ちらりと横目で入り口を見るが、人が入ってくる気配など感じられない。
カウンター内に見える時計を見ると、閉店まであと10分といったところ。

【諦めます】だなんて大見栄を切ったが、実際はそんな自信なんかない。
それこそ意思を貫く性格の桃花ではあるが、この件に関しては例外としか言いようがない。

桃花は祈るような気持ちのまま、了と会話を交わしていく。


「あ、今日はジョシュアさん、来ませんでしたね?」
「ああ、そう言えば。でも、俺は毎晩襲撃されてるから来なくてもいいな」
「あはは、毎晩! でも久々に再会したんですよね? やっぱりしょっちゅうは会えないでしょうし、毎日会っても足りないんだろうなぁ」
「いやいや。相手が可愛い女の子ならまだしも、ヤローと毎日なんて」

後片付けを進めながら、了はそう言って失笑した。
マシンの洗浄を終えたところで、視線は動かしている手元に向けたままの了がぽつりと漏らす。

「……桃花ちゃん、どうするの?」
「え……?」
「ジョシュについて行く?」

最後の言葉と同時に真剣な目を向けられた桃花は、自然と背筋が伸びる。
瞬きも忘れて正面の了を黙って見つめると、ふっとまた柔らかな表情で了が口を開いた。

「俺としては、手とり足とり教えてきた可愛い弟子が離れていくのはもちろん寂しいけど。でも、正直ジョシュについて行ったら絶対にいい経験になる」

信頼できる了が言うのだから間違いないのだろう。
桃花はその言葉に対して、素直に笑って「行きたいです」と口にすることが出来ずにいた。

営業時間の残り数分に賭けている気持ちが邪魔をして――。

「悔しいけど、あいつのセンスはすごいよ。何もかもが綺麗で魅了されるんだ」

きゅ、とマシンを拭く手を止めて、遠くを見つめて了が僅かに口の端を上げた。
その横顔に、桃花は小さく答える。
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