世界でいちばん、大キライ。
キィと扉が閉まり、外に出た久志はその場で立ち尽くす。
手には熱いくらいのコーヒー。
その熱さも忘れるくらいに、すべての感覚が別のことへと集中している。

久志がコーヒーを左手に持ち替え、右ポケットの携帯を取り出した。
暗い画面に視線を落としていると、タイミングよく携帯が音を上げる。

目を丸くした久志は数秒考えたのちに、親指で画面を操作して耳に当てた。

「もしもし」
『あの、度々すみません。水野です』

久志は水野に対しても宙ぶらりんのままだ。
あれから告白の続きのような話は一切されていない。

水野も久志と近い33歳。もうイイ大人ということもあって、引くとこは引いて様子をみているのかもしれない。
それに甘んじるように、久志も敢えて自分からその話題を持ちかけることをしなかった。

狡い選択をしてきていたが、この週末で水野との件も真面目に考えていた。
答えはすぐに出ている。あとはそれを、真摯に伝えるだけで。

『実家から果物が送られてきたんです。よかったら、と思って……。麻美ちゃんも風邪ひいてますし、ちょうどいいかなって』

水野の用件を聞き終えると、いつも若干気怠いような口調で話す久志が、真面目な声で答えた。

「わざわざすみません。気に掛けてくれて」
『いえ、そんな……じゃあお届けしに』
「いや。今日はまだ麻美(アイツ)心配なんで、もしいただけるんなら明日会社で」
『あ、そうですね。すみません、私そこまで考えが至らなくて』

ハッキリとそう返す久志に、水野は少し慌てたように返答する。
しかし久志はそんな水野の様子に揺らぐことなく、続けて水野を動揺させた。

「いえ、それと明日、少しでいいんで時間もらえないかと」
『えっ。……あ、はい。大丈夫です』
「じゃあ、明日」

通話を終えると、久志は携帯を少しの間見つめ、それをポケットに戻す。
ずっと左手に持っていたコーヒーをそっと口に含む。

イタリア仕込みの店長・了の淹れたコーヒーだ。
好み云々は別にして、普段インスタントコーヒーや缶コーヒーしか自分では用意しない久志にとって美味しくないわけがない。

けれど、やはり、求めていたものとは違う。
美味しいけれど、欲している香りや味はまた別にある。

「飲みてぇな……」

路上でぼそりとひとり呟くと、麻美を残してきたマンションへと急ぎ足で戻って行った。

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