世界でいちばん、大キライ。
それからすぐに、桃花はソッジョルノを出てコーヒーを届けた。
十分ちょっと歩いてすぐのランコントゥルに足を踏み入れると、甘い香りが立ち込めていて自然と頬が綻んだ。

(あのケーキだったら、どのコーヒーが合うかな)

ガラスケースに並ぶ十数種類のケーキを見て、単純にそれが美味しそうと思うだけではなく、コーヒーを絡めて考えてしまうあたりが桃花だ。

一通りケーキを眺めてからハッとして、その横の棚に並ぶ焼き菓子に視線を移した。

「コーヒーごちそうさま。その左上のレモンフレーバーのパウンドケーキ、新作なんだけど、コーヒーに合うと思うんだ。どう?」

心地いい音程の声に左を振り向くと、ガラスケースに両腕をつくようにしている男性が笑顔を振り撒いている。

「あと、届けてない中だったらサブレもオススメかな」

綺麗な指を棚に向けて指し、続けて言ってくれたが、棚に視線を戻すことをせずにしばらく呆然と彼を見つめてしまう。

(うわ……美形。この人がパティシエ?)

久志とは違う、アイドルタイプの整った顔。
男臭さを感じないそのパティシエに、突然話し掛けられたということもあって動揺する。

すると、レジの隙間から出てきたその男が、桃花の横に並んで立つと、箱に次々と焼き菓子を放り込んでいく。
一通り入れ終って箱を閉じると、桃花にスッとそれを差し出した。

「よかったら食べてみて? いつもお世話になってるソッジョルノさんへ、お礼」
「えっ、あ、でも私は」

一応社員扱いではあるけれど、豆やお菓子などほとんどのことは了だけが決めてること。
勝手な判断で受け取ることは出来ない、と躊躇っていると、そのパティシエはふわりと目元を緩ませて桃花の手に強引に持たせた。

「餞別。遠くへ行くって聞いたから」
「え……」
「でも、美味しかったら椎葉さんにもアピールしておいて。なんてね」

軽くウインクしても許される人間て本当にいるんだな、などとどうでもいいことを考えながら、手に持たされた箱を突き返すわけにもいかず、そのまま受け取って店へと向かう。

(ああ、でも色々驚いちゃった。あんなイケメンがいるお店っていうこととか、私が留学するのを知ってたこととか)
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