世界でいちばん、大キライ。
苛立ちに似た声を上げた久志は、グイッと桃花の顎を上げる。
刹那、我慢が出来ないとでも言うように、涙で濡れた小さな唇を塞ぐ。

不意の甘い流れに桃花は戸惑いながらも、後ろから回した手を久志の両肩を掴むようにしてキスに応じた。

一度、鼻先が触れ合うほどの距離を取ると、角度を変えてまた重ねられる。
深いキスは、久志が足らない言葉を埋めるように表現している気がしつつ、桃花は幸福感を抱きながら彼の息遣いを感じていた。

名残惜しそうに離れた久志の唇がゆっくりと開く。

「あんまりオジサンを苛めるなよ。歯止めきかなくなるだろ」
「オジサンなんかじゃないですし。久志さんが先に私のブレーキ壊したんですよ?」
「無自覚だ」
「私もです」

ポンポンと言葉を交わした後に、目を合わせて同時に吹き出すように笑った。

「あ、そうだ。私、母のところに行かなきゃ」
「え? そうだったのか。アイツといたからオレ、てっきり」
「あー……母に留学の話を……それで、ジョシュアさんも一緒についてきてくれるっていうことになって」

ジョシュアを話に出したことに、一瞬桃花は『マズかったかな』と固まると、久志は顎に手を添えて空を見る。

「それはマズイことしたな」

久志の反応が想像したものとは違ったことにホッとして、軽く首を横に振って笑顔を浮かべた。

「いえ。元々私ひとりで話をする予定でしたから。それに」

〝久志といる時間もあと少し〟

心の中でそう続けて口を噤む。
その雰囲気を察してか、久志は何も聞かずに桃花の伏せた横顔を見つめたあとに開口した。

「どこ? 暗いし、送っていく」
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