世界でいちばん、大キライ。
「大丈夫。ヒサ兄じゃないから」
「え? じゃあ……」

『誰?』と聞く前に、麻美は玄関へと行ってしまう。
ぽかんとカップを持ったまま立ち呆けている桃花の耳に届いたのは、確かに久志の声ではないようなもので。

パタパタと麻美が桃花の元へと戻ってくる。
呆然としている桃花に、麻美はにっこりと笑って言った。

「塾帰りの友達が迎えにきたの。だから、泊まりに行ってくるね」
「泊まり、って、え? あれ? 明日……」
「明日は祝日! ヒサ兄にも言ってるし、心配しなくてもその子のお母さんが車で下に来てくれてるから」

突然のことに混乱気味になっていると、麻美はいつの間にか自室から一泊分の荷物を手にしていた。
未だに頭が追いつかない桃花に、麻美はニッと口の端を上げて明るく言い放つ。

「ヒサ兄も明日は休みのはずだし! 一緒にいる時間、あと少しなんだから」

カバンを肩に掛けて玄関へと向かう麻美に、『待って!』と大声をあげたくても、玄関いいるであろう友人を気にして言葉を飲み込んでしまった。

半歩だけ麻美を追うように動かした振動で揺れるココアが零れそうになる。
それに気づいて水面を気にするように視線を落とした瞬間に、立ち止まった麻美が言う。

「桃花さんもだってわかってるけど……でも、ヒサ兄は『さみしい』って絶対言わないと思うから。だから、少しでも一緒にいてあげて」

そう言い残して麻美は出かけて行ってしまった。

ぽつん、とひとり残された桃花は、しばらくそのまま立ち尽くす。
麻美の言葉を胸の中で反芻しては、きゅう、と胸が音を上げた。

今でも揺らぐ。
好きな人と離れてまで、追うべき夢なのか、と。

それでも、最後に背中を押してくれたのが、好きな人(久志)だったから。

ギュッとカップを握り締めると、ガチャ!と少し大きな音が玄関から聞こえてきた。
桃花はビクリと肩を上げて硬直する。
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