世界でいちばん、大キライ。
のけ反るように驚いて声を上げる。
見上げると、そこには黒いTシャツにグレーのパーカーを羽織った久志の姿。
なんてことのない普通の格好だが、背が高いだけでこんなにも様になるなんて、と桃花は眼を見張る。

(まさか本当に来るなんて! しかも、約束の時間より早くに!)

期待していなかった分、その驚きは倍になって跳ね返る。
しばし、その飛び上った心臓を落ち着けるのに必死で、桃花はなにも言えずにいた。
すると代わりに久志が口を開く。

「……どーも」
「ど、どうも」
「なに? そんな顔して。呼び出したのは自分だろ」

未だに驚愕したままの桃花の表情に、久志は涼しい顔で言い放つ。
桃花は未購入の雑誌に皺を作るくらい握りしめ、小さな声で答えた。

「ぃや……だって。その……本当に、来てくれるなんて……」

桃花の言葉を聞くと、久志が眉を下げて『やれやれ』とでも言った顔をする。

「しゃーねぇだろ。あんなふうに言われたらすっぽかせない」
「……やっぱり、いい人ですね」
「……誰にでも、ってわけじゃない。あんたは悪い人じゃないって思ったから」

目をふいっと逸らしながら言われたことに、桃花はどうしようもなく感動してしまう。
店ではお互いに存在を知っていても、言葉を交わしたのはほんの少し前からなのに、と。
それと同時に、もうひとつ。

「それ……私も同じです」

桃花は毎週金曜日に訪れる久志を、言葉を交わすずっと前から、そうどこかで感じていたから。
久志はとても優しくて、温かそうな男の人だ……と。

「あ、はは。でも、本当。時間通りに来てくれなかったらどうしようかと……『来るまでずっと』なんて言いましたけど、今日、私遅番で……」

照れ隠しの笑いと共に言うと、久志は目を大きくして呆れた声を漏らした。

「……仕事? これから? なんでそんな日にわざわざ……」
「あ! す、すみません! あなたとの約束を軽んじてたわけじゃなくって……!」
(ただ、少しでも早く、確実に会いたかったから……)

心の中でしか言えなかった桃花は、取り繕うように二カッと笑顔を作って顔を上げる。

「まだ、時間ありますから。よかったら買い物に行きませんか?」

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