世界でいちばん、大キライ。
目が合った相手も少々驚いたような顔をして足を止める。
向かって来ていたのは、前のデリバリー先の清水だった。

清水に遭遇した桃花は思わず声を上げ立ち止まってしまった。

あれ以来、清水とは顔を合わせてはいない。
おそらく、デリバリーはもちろん、店にも足を運んでいないのだと桃花は気付いていた。

当然、居心地が悪い桃花は、ほんの少し頭を下げただけで通り過ぎようとする。
すると、清水が声を掛けてきた。

「こんばんは。ここ歩いてるってことは、本当にあの人とデキてんだ?」

冷やかすような言い方に嫌な感じを覚えた桃花だが、それを無視して歩く程の勇気はなかった。
仮にも、常連客だった相手にどう行動するのが正解なのかわからずにいたのだ。

「あの人、あのときまで気付かなかったけど、同じ階の住人なんだ。結構歳の差あるんじゃない? あ、稼ぎいいとか?」

(無神経にも程がある……!)

軽いノリで踏み込まれることにムカッとすると、思わず口に出してしまっていた。

「そんなんじゃないです! それにデキてません!」

勢いで否定してしまってからハッとする。
せっかく前に助けてくれた口実は、なにもご丁寧にこの男相手に訂正する必要はなかったんじゃないか、と。

それに気付いてもすでにもう手遅れ――。

「あ、やっぱり? じゃーさ……」

ずいっと行く手を阻まれるように体で遮られると、上手く薄暗い路地裏へと引き込まれる。
そこの塀に背中を押しつけられると、ズイと顔を近付けるようにしてニコリと清水は笑う。

「今日はどう? ちょっとつきあってよ」

パッと見は優しく微笑みかけてるようにもみえるが、目が笑っていないことに至近距離の桃花にはすぐにわかる。
ぞわりと背筋を凍らせるだけで、肝心な時にはやっぱり声が出ない。

(ウソでしょ。まさかこんなことって……)

絶対絶命の状況に、声も出せない自分が出来ることは神頼みだけ。
ぎゅ、と目を瞑ってカバンを持つ手に力を込めると「ひっ!」という恐怖染みた清水の声が聞こえてきた。
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