世界でいちばん、大キライ。
玄関から真正面にあるリビングから逸れるように、右側に行くと、すぐにふたつの扉がある。そのうちのひとつをそっと押し開けると、久志の匂いがする気がした。

薄暗い部屋のまま、とりあえずベッドの形は見えてきたからと、そこへ久志をどうにか連れて行く。
うつ伏せで横たわった久志の姿を見て、桃花はその場にカバンを置いて部屋を出た。

(水、水。それを渡したら、早く帰ろう)

電気のスイッチの場所がすぐにはわからない桃花は、仄暗い廊下をそのまま歩き進め、キッチンへとたどり着く。
キッチンではスイッチが大体わかって電気を点けると、「失礼します!」と独り言のように呟いて冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。それをグラスに入れると、全て元に戻して久志の元へと踵を返した。

「あの、お水、今飲みますか?」

暗い部屋に戻ると、さっきから一ミリも動いてなさそうな久志の背中に話し掛けてみる。
全く動いてない様子から、寝ているのだろう、と思っていたのだが……。

「……飲む」

シーツでくぐもった声に驚いた桃花は、何度か瞬きをして視線を落とした。

(どうみても死んでるようにしかみえないのに)

暗さに目が慣れてきたとはいえ、久志がほとんど動かずにいるものだからそんなふうに思えても仕方がない。
しかし、静かな室内に聞こえた久志の返事。
桃花はあたりを見回すけれど、水を置いておく場所が判断できずに困りながらそこに立つ。
すると、ギシッという音と共に、ゆらりと久志の影が動いた。

グラスを差し出すタイミングを窺っていると、久志は徐に上着を脱ぎ捨て、しゅるっとネクタイを外す。
プチプチと第二ボタンまで緩める手つきは酔っているにもかかわらずスムーズなもので、桃花は目を丸くした。
けれど、すぐに、大きく動揺してしまう。
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