世界でいちばん、大キライ。
それは、腕を掴まれたかと思えば、あっという間に久志の胸に抱き留められてる現状。
と、いうよりは、座っている久志と立っている桃花の状態からは、久志が縋りつくようにすら見えるもの。

抱き締められていることが信じられなくて、桃花は動揺するだけ。
自分の胸の位置にある久志の頭に、迷いながらもそっと手を添えてみると、見た目よりもずっと柔らかな毛の感触がくすぐったかった。

いつもミルクピッチャーを持つ右手。
その指の隙間から零れ落ちる、久志の短髪。

その黒髪が桃花の手から離れていくのと同時に、久志が仰ぎ見るように顔を上げた。

暗がりだけど、目が慣れたせいか……それとも、桃花の〝心の目〟とでもいうものなのか。
桃花の瞳には、体裁とか欲目とかすべてを取っ払って、素の姿でいる久志が映し出される。

刹那、両腕を引かれ、そのまま久志の唇が重ねられた。
吃驚して、目も閉じることを忘れていると、すぐに久志は離れていき……。

「……こんなふうにしたいって思っても、いつも、その先の自信が持てなくなる」

苦渋の色を浮かべた顔で、絞り出すようにそう言った。
未だ、久志の唇の感触が残る小さな口を、桃花は僅かに動かした。

「久志さんて、やっぱり優しい人……」
「……ただ臆病なだけのオッサンだ」
「……そんな〝お父さん〟の顔もいいですけど」

鼻先が触れる距離から桃花がぽつりと言うと、今度は久志が驚く番。
微かにふわりとコーヒーの香りがしたかと思えば、唇を塞がれて言葉を出せない状態にさせられていた。
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