薫子さんと主任の恋愛事情
「離してっ!」
そんなことを叫んだって大登さんのことだ、離してくれるはずもない。案の定、私の腕を掴んでいる大登さんの手は、さっきまでより力が加わっている。
「なあ。あそこでこっちを見てる男、誰?」
怒ったようにそう言う大登さんが指差す先を見ると、どうしたらいいのかわからず突っ立ている幸四郎が見えた。
「ひとつ上の兄貴ですけど、何か?」
なんで大登さんが怒ってるの? 意味がわからない。
そう思うと答え方がぶっきらぼうになってしまい、我ながら『可愛くないな』と顔を見られないように俯いた。
「なんだ、お兄さんだったのか。よく見れば、どことなく顔が似てるような」
そりゃ兄妹ですからね、似てるに決まってるじゃない。
とその時、ふとさっき坂下さんと一緒にいた男の子の顔が頭の中に浮かぶ。
そう言えばあの子、大登さんに似ていたような……。
そろっと顔を上げて、大登さんの顔を見てみる。
「何?」
「やっぱり似てる」
いつの間にか大登さんの顔は、普段の穏やかな顔に戻っていて。その顔が余計にあの男の子に似ているものだから、悲しくなってきてしまった。