小説家
第三章 桜田澪の過去
―――とうとう一人になってしまった。
母親が亡くなり、遺品を整理していたある日の事だった。母はいつも自分の故郷から来る手紙を大事にクッキーかなにかの箱の中に入れてとても大事にとっていた。
――これも整理しなくちゃな…
そうだ、これは柩の中に一緒に入れてやろう。そう考え、手紙を全部箱から出したとき、ふと、一枚の赤い便箋が目に入る。その中身は、戦争に行け、という政府からの命令の紙だった。少年は知ってしまう。そうか、あの日母親は、自分の事を思って嘘をついてくれたのだと。そして父親がもう二度と戻ってはこない事実を。
彼は本当に孤独(ひとり)になってしまった。―――
「ただいまーっ」
…ふぅ。
仕事が終わったので帰宅した。
「つっかれたああああーー」
ボスン
制服姿のままソファーに項垂れる。
チッチッチッ
部屋に響く時計の針の音。
無意識に先程、お茶を先生の書斎に運んだ時の会話を思い出してしまう。
「失礼します。お茶をお入れしました。」
「ん」
「…どうぞ…。」
そのまま無言で飲む。
お茶を呑んでいるところを黙って見ていると、急に先生が眉間にシワを寄せる。
「…い。」
「はい?」
「まずい。」
「え、え、」
「…温度が高すぎる。緑茶は80度位のお湯で入れるのが一番美味いんだ。…そんなことも分からないなんて…ほんとにお子様だな。」
カッチイイイイン
「そ、そこまで言わなくたって!」
「お茶もまともに入れられないならクビだ。…なめるなよ。」
「うっ…」
む、っかつくううううう!
フッと鼻で笑ってこちらを見上げる先生。
…なんですかその馬鹿にした目は!!
「入れ直してきます!!!」
「さっさと行け。次もまずかったら承知しねぇ。」
キイイイイイイイッ!!
「失礼しましたっ!!!!」
ああああああああああ
もおおおおおおおおおおお!!
と、まぁ結局入れ直してもまずいって言われて散々言い合いになったけどね…
「はぁ…先が思いやられる…。」
孤独…。
ソファーに寝っ転がったまま仰向けになり、ぐるりと部屋を見渡してみる。
「…。」
いつもと変わらない、日常。
誰もいない部屋。
聞こえてくるのは時計の秒針の音と冷蔵庫の機会音。
「…あの頃は毎日怖くて泣いてたのにな…。」