これが恋というものかしら?~眼鏡課長と甘い恋~【完】
 綺麗な字で綴られた彼女の思いが、彼女らしい嘘のない言葉が俺の胸を締め付けた。

 彼女は自分のことを“嘘つき”だと言ったが、本当にそうだっただろうか?

 俺の前で見せるその表情ひとつひとつは、いつも素直に彼女の気持ちを表していた。自分が彼女に言ったはずだ「あなたの嘘ならすぐ見抜ける」と。

 それなのに、俺は彼女“嘘つき”だと傷つけた。

 それがたとえ、彼女の本来の道にもどすためだとしても彼女を傷つけたことに変わりはない。

 俺……一体なにやってるんだろうな。

 自分にも、相手にも嘘はつかない。そう決めた。決めていた。

 では、今の自分は?

 本当に、彼女にも自分にも嘘をついてないと言えるのか? 彼女を傷つけたまま、そしてこの先彼女に会わずに過ごしていけるのか?

 ぎゅっと目をつむると、そこには笑顔の彼女がいる。しかし次第に、目に涙をためた悲しそうな表情へと変わる。

……こんな顔させたかったわけじゃない。

 ふたりで初めて朝を迎えた日。この上なく幸せだったあの日を俺はこれから先、忘れることができるのだろうか?

 彼女と過ごした、何気ない時間をなかったことにして、また仮面をつけたまま過ごしていかないといけないのだろうか。

「嘘つきは……俺だ」

 小さい声で呟いた後、俺は駆け出していた。

 廊下に出て、エレベーターホールへと走る。下へ降りるボタンを押すとすぐに扉が開きそれに飛び乗った。

 これほどこのエレベーターが遅く感じたことなど今までなかった。階数表示を睨みつけて減っていく数字を今か今かと待った。

 会社を出ると、運よく一台のタクシーを捕まえることができた。

 俺はそれに飛び乗ると、行き先を告げた。彼女のマンションだ。

「なるべく早くお願いします」

 俺は窓の外に流れる景色を見ながら、頭の中は恵のことでいっぱいだった。

 何をどう伝えればいいのか。どう謝ればいいのか。

 それよりも……。

 この腕に抱きしめて、彼女の体温を感じたいと思った。脳内に浮かんできた泣き顔の彼女を、俺の手の中でもう一度笑顔にしたかった。

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