これが恋というものかしら?~眼鏡課長と甘い恋~【完】
「何でもないのよ。少し考え事をしていただけ」

「そうは、おっしゃいますがこちらにお戻りになられてから、ずっとふさぎ込んでおられて梅は見ていられません」

 鏡越しに目があった梅さんの表情には悲しみが滲んでいた。

 鏡台から使い込まれたブラシをとると、私の髪を丁寧にとかしてくれる。それは小さい頃からこの家に暮らしている間には、毎日行われていることだった。

「綺麗な髪でしたのに……」

 バッサリと切ってしまった私の髪をみて、最初梅さんは涙をにじませた。自分では似合っていると思っていたけれど、梅さんにとっては「髪を整える暇もないほど大変だった」という風に取られてしまったらしい。

 たしかに、今みたいにゆっくりと髪をとかす時間などなかった。けれどそれは私にとっては自由の象徴だったのに。

 肩につくかつかないかくらいで切りそろえていた髪は、伸びて肩を覆い隠すくらいになっていた。

 こうやって、もとの私に戻っていくんだ。そうして髪が元の長さに戻るころにはきっと彼のことも過去のことにできる。そう信じていた……そう思わないと壊れてしまいそうだった。

「手もこんなに荒れてしまわれて。あとで梅おすすめのハンドクリームをお持ちしますね」

「ありがとう。助かるわ」

 作り笑いしかできない私。それを梅さんはちゃんとわかっている。でも何も言わずにおしゃべりを始めてくれた。

「しかし、大輝様もお嬢様をこんなところに閉じ込めて!」

 今日は兄への怒りが爆発しているようだった。
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