スイートな御曹司と愛されルームシェア

 ついにただのビジネス・パートナーから昇格かも、と期待しながら仕事の後で向かったのは、創智学院の講師いきつけの居酒屋だった。だが、案内された席に、八時に帰ったはずの入社一年目の事務員、朝倉(あさくら)果穂(かほ)の姿を見つけて咲良は驚いた。二人きりじゃないんだ……と落胆するとともに、どうしてほかの講師はおらず、果穂だけなんだろう、という疑問も湧いてきた。

 腑に落ちないまま、咲良は恭平に勧められて果穂の向かい側の席に腰を下ろした。恭平はいつものように咲良の横に座るかと思ったのに、果穂の隣の席に着いた。

「岡崎先生、佐々木先生、お疲れ様です」

おっとりしてどこかお嬢様っぽい雰囲気のある果穂が、ふわりと笑みを浮かべて言う。

「お疲れ様。朝倉さんはいったん帰宅してから来たの?」
「はい」

咲良の問いに答えた果穂が、ポッと頬を染めた。女の咲良から見ても愛らしい表情だ。

 そこへ店員が注文を訊きに来たので、咲良はチューハイを、恭平は生ビールを、果穂はウーロン茶を注文し、それから枝豆や唐揚げなど、つまめそうなものを適当にオーダーした。

 店員が注文内容を繰り返してから去ってしまうと、テーブルには沈黙が落ちた。いつも飲みに来るほかの講師が誰もいないことをいぶかしく思いつつ、咲良が銀縁メガネの奥の恭平のやや細い目を見つめたとき、店員がドリンクを運んできた。

「それじゃ、今日もお疲れ様」

 恭平の音頭でグラスを合わせ、咲良はチューハイに口をつけた。店内は暖房が効いていて、冷たいチューハイが喉に心地良い。

 生ビールを一口飲んだ恭平が、おもむろに咲良を見た。その真剣な表情に咲良がドキッとしたとき、彼が咳払いを一つして口を開いた。

「咲良さんにはいろいろ力になってもらっていて、感謝してるんだ」
「そ、そんな何を今さら……恭平くんと私の仲じゃない」

咲良は照れて視線を手元のグラスに落とした。

「大手にはできないきめ細かな指導を目指して、僕が塾を立ち上げたいと話したとき、咲良さんは僕の思いに共感してくれたね。そして資金面でも協力してくれた。いくら感謝してもしたりないくらいだよ。咲良さんは本当に大切なパートナーだ」
「そりゃ、志が同じなんだから、協力するのは当然よ。私だって恭平くんのことを大切なパートナーだと思ってるわ」

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