スイートな御曹司と愛されルームシェア

 その週の土曜日、咲良は珍しく八時前に起きて、洗面所の鏡の前に立った。丸顔をキリッと見せてくれていたメガネを止めて、今では普段からコンタクトレンズを使っている。それに、予備校、創智学院時代はひっつめていた黒髪を少し短くして、肩の上で緩くカールするようにパーマをかけた。親しみやすい雰囲気になったと佐和子にも好評だ。美容室ではカラーリングも勧められたが、翔太が〝カラスの濡れ羽色〟と誉めてくれた色を変えることはどうしてもできなかった。

「翔太くん、どうしてるかな……」

 退職願に、誰かの人生を犠牲にして仕事を続けることはできません、と書いた。咲良の退職届けの内容は、どこまで伝わるのだろう。

(TDホールディングスの副社長の耳に入るといいのにな)

 傘下の塾の一講師にすぎない咲良の退職事由が、戸田創太の耳にまで届くかどうかはわからない。

 それでも、誰もが思い通りに動くわけじゃない、ということを、尊大で横柄な創太に知らしめたかった。だが、咲良の退職事由を知ったところで、創太は痛くもかゆくもないのだから、何とも思わない可能性の方が高い。


< 153 / 185 >

この作品をシェア

pagetop