姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 白い紙だ。白い紙で出来た鳥だった。

 無数のその鳥がバサバサと飛び回りながら、ゆらを囲んでいた蜘蛛を食い尽くしていく。

 紙がどうして蜘蛛を食べられるのか。

 そんなことを疑問に思う間もないくらい呆気なく捕食は終了した。

 あんなに大量にいた蜘蛛が一匹もいなくなった場所に、満足そうに下り立った紙の鳥たちは、残り物を探す鳩のように地面を啄(ついば)ばんでいた

「ほえ~」

 ゆらが感嘆の声を上げると、烏帽子を被ったその人が「炎(えん)」と短く言葉を発した。

 たちまちに燃え上がり、跡形もなくなった紙の鳥たち。

 降りしきる雨の中。ゆらは烏帽子の人の袂の中で呆然とその光景を見届けた。

 すると頭の上から「くすり」と笑う声。

 振り仰ぐと、烏帽子の人がにこやかな表情でゆらを見下ろしていた。

「初めまして。鈴がずいぶんお世話になったようでありがとうございました」

「え?あっ、もしかして、鈴ちゃんの旦さん!……ですか?いえ、お世話になったのはわたしの方で。ほんとに、なんとお礼を言ったらいいか」

 にこにこと相好を崩す烏帽子の人は「いかにも」と頷いた。


「嵯峨(さが)大膳(たいぜん)と申します。以後お見知りおきを。ゆらちゃん」


 飄々として掴みどころがない。けれど畏怖の念を感じるほどに、美しく清廉な空気を纏った人だった。

 これまで出会ったどんな人とも違う、その空気は人というよりも神や仏に感じるものに近いように思えた。

 この人は自分と同じように息をしているのだろうか。

 そんな間抜けなことを思って、ゆらは我知らず嵯峨の口元に手を伸ばしていた。

 嵯峨は伸びてきたその手をやんわりと握ると、顔を近付け、また「くすっ」と笑った。

 その笑みすら神々しく、ゆらはぼうっとなって嵯峨を見つめるばかり。

 額と額がくっつきそうなくらい二人の顔が近付いた。

 これほど美しい人と密着しているというのにゆらはまったく羞恥を感じず、心はただ穏やかに、まるで凪(な)いだ水面(みなも)を揺蕩(たゆた)うような浮遊感に包まれていた。

 そんなゆらに嵯峨が言った。

「さあ参りましょう。妖魔との戦いへ」

 間近にある、変わらぬ穏やかな微笑み。

 けれどその異国の人の持つような色素の薄い灰色の瞳には、ゆらの決意を促すかのように鋭い光が瞬いていた。



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