姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 人にはそれぞれ転機となる年がある。

 彼女の場合はまず五歳の時にその転機というものがやって来た。母が病床に伏し、一人娘である夕羅(ゆら)姫は水戸の縁戚の元に預けられたのだ。そこで八年余りを過ごし、再び戻って来たのが十三の時。

 そして十五歳。この年から彼女の人生は大きく動き始めたのだった。



 将軍の側室 志乃は寵愛を受け、一人娘であるゆらを授かった。しかし産後の肥立ちが悪くそのまま床に伏しがちとなり、姫が五歳の折にいよいよ起き上がれないほどになったために、江戸市中で商家を営む実家に一度戻されることになった。が、志乃と離れがたい将軍は彼女を城内に留め置き、手厚い看病を受けさせることにしたのだった。
 
 そこで問題となったのは姫の処遇だった。

 移る類の病であってはいけないと心配する旨から再三の申し出があり、幼い姫は水戸の親戚筋に預けられることになった。「幼い姫を遠くにやらなくても」と継母となる御台所などは言ったけれど、ゆら自身はまるで物見遊山でも行くような気分で大奥を出立した。

水戸には大好きなおじいさまがいる。いまだ頑是ない年頃のゆらは、母との別れよりもその事に気を取られ、その時起きていることの半分も理解してはいなかったのだ。
 
 水戸での暮らしは気楽なものだった。

 大奥のような厳しい規律がある訳でもなく、自由気ままに、まるで町人の子供のように日々野山を走り回って過ごした。

 おじいさまは学者肌であったから、勉学には殊の外厳しい方だと評判だったけれど、ゆらのことは目の中に入れても痛くないほどの可愛がりようで、ゆらが講義をすっぽかし屋敷を抜け出しても、目尻を下げてにこにこと微笑むだけだった。

「ご隠居様はゆら姫さまがおいでになってから、お人が変わったようだ」と、周囲の者は微笑ましく見守っていた。
 
 そうして自由を謳歌していたゆらが、江戸に帰って来たのは十三の年。女性としての成人を迎えた為でもあったが、何よりも、母の病があまり良くない方に向かっていた為だった。
 
 
< 25 / 132 >

この作品をシェア

pagetop