姫恋華〜ひめれんげ〜【改稿版】
 明くる朝。
 昨夜の疲労もあってかよく眠っているゆらを残し、あやめが縁に出ると、ちょうど宗明が庭に下りたところだった。

「ご苦労さまでございました」

 縁に手をついて言えば、「今夜もまた来ます」と言って去ろうとする。

 そんな宗明をあやめは呼び止めた。

「清水さま。昨夜は不覚にも意識を失い、お役に立てず申し訳ありませんでした」

「いえ。皆、怪我がなく良かった。姫さまにも……。この一件は私から上に報告しておきますので。では」

「あの。清水さま」

「……」

「いえ。これは、わたくしの申し上げることではありませんでした。今宵も、お待ちしております」

 宗明は頷くと踵を返した。

 あやめが何を言いたかったのか、彼には分かっていたけれど。

 互いに、それ以上言葉を続けることは出来なかった。

 小柴垣の向こうに消えた宗明を見送り、立ち上がったあやめを、ゆらが呼んでいる。

「はい。こちらに」

 あやめは何も知らない姫に、暗い顔だけは見せまいと気を引き締めた。


「清水さまに宿直して頂いて、本当にようございました」

 朝餉を頂くゆらにあやめが言った。

「わたくしは肝心な所で役に立たなくて……」

 恐縮するあやめに、うらは笑顔を向け、「もう終わったことだしいいじゃん。おかわり!」と茶碗を差し出した。

「まあ。いつもは食が細くてらっしゃるのに、今朝は良くお召し上がりになりますこと」

 嬉しそうに言って、いそいそと二杯目を注いだ。

「うん。やっぱり食べておかないとさ、いざという時力が入んないんだよね」

「その通りでございますわ。姫さま。さあ、たんと召し上がれ」

 ゆらはその朝三杯の飯を平らげ、仕上げに団子の串を三本。深夜の出来事による恐怖心を物ともせず、ただひたすら自身の体力向上を信じて腹の中に収めたのだった。




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