およしなさいよ、うさぎさん。
 菖は、荘司(そうじ)さんが持ってきてくださった魚を網にのせ団扇で七輪の火を仰いだ。手早く塩を振ると、火加減をみた。

 父の掘ったて小屋に姉からの使者としてやってきたのも、この荘司さんで、荘司さんはすっかり老け込んでしまった父と母に今朝の海のご様子などを身振り手振りをまじえてお話になっていらっしゃる。
 姉はお屋敷で一緒に暮らそうと言ってくださったのだが、父も母も「それはなりませぬ」と長家暮らしを選んだのだ。多分、自分たちの不甲斐なさを恥じてのことだろうが、菖は何の迷いもなく父と母との長家暮らしを選んだ。
 生活はとても楽とは言えずに、お夕食は抜いてしまうことも多いが、父は傘をつくり港町で売り歩く仕事をし、母と菖がそれを手伝い、荘司さんがこうして売り物にならない魚などを持ってきてくれたりするので、生活はまあまあやってゆけないほどではなかった。

 七輪の火が弱いので炭に息を吹きかけようと竹筒を持った菖だが、戸口に篤さまの幻影が現れたので、急いで立ち上がり竹筒を落としてしまった。

 おかしいことに、その幻影は父と母それに荘司さんにまで見えているようで、菖は口を開いて「篤さま……」と幻影に呼びかけてみた。

「ご無沙汰しております。菖」

 菖は、もう一度、魂が抜け出してしまうほどの勢いで「篤さま……」と吐き出した。

 戸口から入ってきた篤は何故か手に草鞋を持っていて、それを落とすと七輪の前で菖をきつく抱きしめた。

「お会いしたかったです、菖」

 なんとも不思議なことに幻影に体温があり、懐かしい篤さまの匂いと逞しい体つきまで然りとわかるので、菖はどうしていいのかわからず、また「篤さま……」とだけ言って、そのお美しいお顔を見上げてみると、ずっと忘れていたはずの縄できゅうきゅうとやられる胸の痛みを思い出す。

「迎えに参りました。菖をお嫁にもらいに来たのです」

 頬に触れた手が優しくて、菖は思わず涙をぽろりと零してしまい、それに気がついた荘司さんが「ぶ、無礼者!」と菖を庇うように立ち上がるが、篤が地獄の使者よりも恐ろしい顔で荘司さんを睨みつけたので、荘司さんはがたっと床に尻餅をついた。
 荘司さんを無視した篤は、菖の父と母に「突然のこと、失礼いたします。菖と話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」と訊いて、了承を得られると、菖の腕を掴み二間しかない長家の奥の部屋に入り襖をぱたんと閉めた。

 菖は、まだ全てを理解できずに奥の間の畳に倒されて、篤からの激しい口付けを受けていた。
 両の手は頭上でひとまとめにされてしまい「ん……んん」と呻くと篤はさらに激しく菖の口腔内に舌を押し込み、少しの隙間も許さずに絡みつくと、徐々に落ち着きを取り戻し、菖のぷくりとした唇を解放した。
「菖、今すぐ家に帰り祝言の準備をいたしましょう。多江も待っています。父さま、母さまもお連れいたしましょう。姉さまにも知らせましょう」
 篤は一気にまくしたてて、また菖の唇を塞ぐので菖は「ふぅ……」と喉を鳴らす。

「この篤さまは、菖の幻影でしょうから……菖の望むことばかりおっしゃいますが、それはどれも実現できぬことにございましょう」

 篤は菖の白い手を掴むと自分の頬を触らせ「幻影ではございません」と力強く言った。

「私は本物です。菖をお嫁にしようと浚いにきた、本物の篤なのです。そのような事をおっしゃるならば、今すぐ連れて帰ってしまいましょう」
 篤が背と足の下に腕をいれて菖を抱き上げたので、菖はびっくりして篤の首に抱きついた。
「ですが…………本物の篤さまなら大問題です。菖は、篤さまの御父さまと消えていなくなると約束いたしましたので、消えなくてはならないのです」
「もう、消えなくていいのです……父上は亡くなりました。その約束は期限切れとなりました」
 菖は「御父さまが?」と顔をひきつらせた。

 頼むから悲しむなよ、と篤は思い、また熱い接吻を捧げて父のことなど逆に消してやろうと菖を自分で満たしていく。
 また畳に横たわり、本当はそれ以上のことも色々といたしてしまいたいのだが、菖の首筋に舌を這わせながら、ここまで、ここまで、と自分を抑える。
 しかし、菖の表情がいまひとつ浮かないので篤は不安に支配されて、菖の着物を引きちぎってしまいたい衝動に駆られる。

「まさか、あの男と何かあったとは仰らないでしょうよね?」
「あの男とは?」
「菖の両親ともうひとつの間にいる男です」

 ああ、と頷いた菖に対して、篤は緊張で体が震えた。
 このずっと吸い付いていたくなる唇も、白く美しすぎる体も、あの可愛らしい声も自分以外の男はけっして易々と触れることなど許せぬ。そのような事があれば自分はどうなってしまうのか、わからなかった。

 これは傲慢なのか?

 と、篤は怒りと悲しみと恐れを抱きながら、組み敷いた菖をじっと見つめる。


「菖の全ては、篤さまだけのもの…………」


 細く白い手が篤の目元に触れて、そこではじめて自分が涙を流していたと知った篤は、菖の胸に顔を埋めて、菖のお着物を濡らしてしまうのだった。
「荘司さんは、姉さまの屋敷で働く方で身寄りがないので菖の父さまと母さまを親のように思ってくれる優しい方です。今朝はたまたまお魚をお届けにいらしただけでございます」
 篤は、自分がひどくみっともなくなり、しかし涙は止まらずに菖に頭を撫でられたりとしながら、今まで耐えて押し込めてきたものを全部菖に解放してしまう。
 菖が「篤さま、いいですか? 菖はまだ篤さまだけのものになれますか?」と甘く囁きながら篤の背に腕を回して抱きついたりするので、篤は「勿論」と何度も何度も繰り返しながら、二人は離れていた間の溝をゆっくりと埋めていった。

 もうこれ以上耐えたら壊れてしまう……と篤は物入れの中から布団を引きずり出すとその中に菖を押し込めて着物の隙間から顔を忍ばせて、そっと優しく股を舐めた。
 菖は声を押さえようと自分の腕で口を押さえているが一切嫌がる素振りをみせずに薄くらい物入れで足を開いていた。
 篤は何も言わずに、菖の腕を掴んで唇を唇で塞ぎ、ぐぐっと狙いを定めてからゆっくりと沈んでいった。物入れの中は温度が上昇し、声も抑えなくてはならないので二人とも呼吸が苦しいのだが、それ以上のものがそこにあった。篤は菖の表情を見つめながら、久々でとても窮屈になっているので、痛がらないように優しく優しく菖を抱いた。
 唇と唇の隙間から「ふう、ふう」と菖の甘い声が漏れる。
 篤は背筋を駆け上がる凄まじい快楽にやられて、すぐさま菖の中へと精を注ぎ込んた。菖は菖で全身をびくびくと震わせながら愛しい篤からの行為に喜びで満たされていた。菖の美しい貝のような陰部から篤の白濁液がつぅと流れた。


 そうして再び結ばれて幸せで押しつぶされてしまいそうな篤と菖であったが、なんせ場所が悪かった。
 二間しかない長家で、しかも隣に両親がいる状態で、いくら物入に隠れていたしたとはいえ、非常に気まずい。
 意を決して、篤が襖を開くと朝食は片付けられていた。荘司さんは帰ってしまったようで、通りに茣蓙を敷き傘を組み立てる両親の後ろ姿に篤は思わず土下座をしたくらいだ。

「菖を私にください! 誠心誠意幸せにいたします!」

 篤が声を張り上げたので、両隣三軒先の方まで聞こえて、人が集まってきた。
 菖の両親は直ぐに頷いた。それも、菖が毎日毎日のように、お優しくたのもしい篤さま、の話を両親に聞かせていたからであって、なんの迷いも戸惑いもなく「ふつつかな娘ですが、末永くよろしくお願いいたします」というお返事をいただけたのだ。
 大衆が見守る中、菖を抱き寄せる篤に祝いの言葉が投げかけられて、菖はとても恥ずかしそうに、でも幸せいっぱいに微笑んだ。



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