大好きな君へ。
 隼を悩ませたブランコだってそうだ。
私は本当に自分勝手で我が儘だった。


秩父札所巡礼だって、独りで行く気だった隼を止めた。
そして強引に、九月のゴールデンウィーク並の連休にしたのだった。




 「僕本当にあの日君にときめいた。でもごめんねその日の朝、『あはははは』って笑う結夏の夢を見ていたんだ」


「だから私が笑った時、『結夏』って言ったのね」

幾ら言い訳してもそれくらい解っていた。
此処で聞かなくてもいいことだと理解もしている。
それでも敢えて尋ねた私だった。


「ごめんその通りだよ。やっぱり優香には嘘はつけないね」


「そうよ。どんなにごまかしても私には判る。だって隼のことが大好きだから……隼のことばかり見てきたし……隼のことばかり考えているから……」


「優香……今、僕が何て考えているか判る?」


「判る。でも此処だと言えないよ」

私はそう言いながら目の前の本堂に手を向けた。


何時の間にか、三百段近い階段を登り終えていたのだった。


「おん、あろりきゃ、そわか」

聖観音のご真言を唱える。
でも又しても其処には秩父観音霊験記の板絵はなかった。


不動明王が祀られている聖浄の滝の脇には、弘法太子の手彫りの摩涯仏があった。

壊さないようにそっと触れながら隼を見ると、かたまっていた。


「まるで賽の川原のようだね」
隼の見つめる先には、良くテレビ見た石を積み上げた物があった。




 奥の院には芭蕉の句碑があった。
でも隼の様子が何となくおかしい。


ずっと探し物をしているようにキョロキョロしていた。


「もしかしたら、事前に此処に来たんじゃない?」


「判る? 実は此処で携帯のリアカバー無くしたんだ」


「だからさっきからずっとキョロキョロしていたのね。じゃあ、私も帰りながら探すね」

それでも何処にもない。
仕方なく、納経所へ向かった。


「あ、あった」

私は思わず声を上げた。
でも私が見つけた物はリアカバーではなく、秩父観音霊験記だった。


その後で納経を済ませた私達は、落とし物ボックスの中を隈無く探した。

それでも何処にも携帯の電池カバーは無かったのだった。




 同じ階段を降りる。
秋海棠の中に紫陽花も咲いていた。


(あの坂に咲いていたのはこれだったな)
秋海棠を見ながら思った。


「きっと涼しいせいなんだろうね」

私は隼の言葉を聞きながら私は季節外れの景色を楽しんでいた。




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