大好きな君へ。
 「苦労かけたな怜奈」

父は母を『怜奈』と呼んだ。


でも母を完全に思い出した訳ではなさそうだ。
叔父から色々と聞かされていたから咄嗟に出た名前らしい。


それでも母は嬉しくて堪らなかったようだ。




 「全くよ。でも苦労したのは私じゃない。この子よ。この子は私と貴方との息子で名前を隼って言うの。貴方の隼人から一字いただいたの」


「隼か? お母さんのこと、色々とありがとうな」


「僕は何もしてないよ。ただ甘えてただけだから」


「この子はね。人を見るの。誰も居ないことを確認してから甘えてるの。だから可哀想で……」


「ううん。ちっとも可哀想なんかじゃないよ。こんな綺麗なお袋を独り占め出来るんだよ。特権、特権」

僕は嬉し過ぎてふざけていた。


「そうだよな。まさに特権だったな。ごめんな、まだ本調子じゃない。どんな特権だったか教えてくれないか怜奈」

父が母に甘えるような声を出した。


「その手には乗らないわよ。皆の前でしょう。そんなこと言わないの」
母は父を諭すように言った。


「ごめん本当に知らないんだ。記憶がないんだよ。こんな綺麗な人と、本当に恋人同士だったのかな?」

冗談とも本気とも受け取れる父の発言に母は困っていたようだった。




 「お父さん……ですか? 心配かけてすいませんでした。ところで俺、なんでアメリカなんかに行ったのだろうか?」


「覚えてないのか?」


「気が付いたらアメリカだったんだ。確かに記憶喪失だったらしい。でも、それよりカルチャーショックだった」


「カルチャーショック?」


「日本語も学校で習った英語も通じなかった」


「日本語は解るが、英語もか?」


「元々アメリカは移民の国だったけど、色々な言葉が合わさって、独特の訛りがあったから慣れるまでは苦労したよ」


「あっ、そう言えば俺も感じた。オマケに早口でまくし立てられた。カルチャーショック解るわ。慌てて通訳探したけどなかなか居なくてな」


「だろ? 俺はどうやら頭を殴られて車から追い出されたらしいんだ」


「あの車は目立つから、そんなこともあるかもな」


「お前知っているのかその車……」

父の言葉を受けて、叔父はアメリカで見つかった車と日本を発つ前に撮影した写真を父に見せていた。




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