Again
チェックアウトをする桃香を支配人やフロントスタッフで見送る。タクシーに荷物を積み込んだのは久美だ。





「では、みなさん、ありがとう」





海外の国賓のように手を振り、車に乗り込んだ。





「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」





スタッフ一同で桃香を見送った。



この日の葵は最悪だった。仕事ではミスを繰り返し、注意を受けた。頭の切り替えが出来ず、ずっと桃香が頭から離れなかったのだ。



散々な一日を終えると、ロッカールームの椅子に腰を降ろした。





「どうした? 一日変だったよ?」

「うん、なんか具合が悪いのかな? 熱はないんだけど、だるくて」





上手く言い訳をする。





「旦那さんに迎えに来てもらったら?」

「え? い、いや大丈夫……はは、先に帰って久美」

「う、うん。本当に大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」





久美は相変わらず合コンに忙しく、今日もその予定だ。葵を気にしつつも、メイクを直し、私服に着替えて帰って行った。



葵は外に仁が待ってないかと気が気じゃなかった。居なくなったことはとっくに知っている。スマホの電源も入れていない。バッグからスマホを取り出して、電源を入れようとして止める。





「やめた」





重い腰を上げ、着替え始めた。



本来はしてはいけない事だが、ホテルの正面から帰ることにした。従業員出入り口に仁が待っているかもしれないからだ。



ロビーをそっと覗けば、人はまばらだ。もう少しいれば紛れることが出来るのだが。葵はロビーを諦め、レストラン側の裏口に変更をした。



ドアを開け、周辺の様子を窺う。





「車はいないみたい」





ホッと胸を撫で下ろし、地下鉄の入り口まで走った。

ビジネスホテルに着くと、真っ先に桃香からの贈り物をゴミ箱に捨てた。





「私にだってプライドがあるのよ」





汚い物でも触ったかのように手をパンパンと叩くと、借りているパソコンを開く。昨日検索しておいた物件をもう一度みる。





「どうしよう」





踏ん切りがつかない。仁と暮らしたマンションに帰るつもりはない。でも、実家に帰ることも出来ない。

こうして迷っていても時間とお金はなくなって行く。



葵の中に仁との修復の可能性は残されてはいなかった。



そして深く、深く悩み考えたあげく出した答えは、一つだった。





「離婚をして、仕事を辞めよう。離婚したら、ホテルに居づらくなるもの」





葵は覚悟を決めた。腹をくくった女は強いのだ。



ホテルからコンビニに行き、便箋と封筒を買う。一人で重大な事を決めたお祝いで、ついでにビールも買った。



ホテルに戻ると、デスクで退職届を書き始めた。



今時の離婚届はダウンロードが出来るらしい。だが、ビジネスホテルでプリントアウトをする勇気はさすがにない。





「仁さんが仕事に行っている時間にマンションに帰ろう。その時に印刷をすればいいわ」





どんどん葵の中で物事が決まっていった。





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