Again
そのころ仁は仕事も手に付かない状態にいた。
「副社長、これから会議です。コーヒーでも飲んで、頭を切り替えてください」
朝から仕事に身が入っていない仁に、潤が釘をさす。
「あ? ああ。会議は何時だったか?」
「あと30分後です」
「分かった」
会議の打ち合わせをしていたが、長く続かない。仁が上の空だからだ。
「仁、葵ちゃん全く連絡が取れないぞ。スマホの電源も切っているし」
「そうなんだ」
「もう、ホテルに行くしかないんじゃないか?」
「いや、ホテルは葵の職場だ。それは止めよう」
「じゃ、どうすんだ?」
「わからん」
皮張りのチェアに腰掛け、足を組んで背もたれに体重をかける。
「今はパリでの会議報告と、商談の総まとめだ。プライベートな時間は取れない。隙間の時間を狙って職場に行くしか方法はないんじゃないのか?」
「……」
葵がホテルの仕事を大切にして、楽しんでいることを仁は知っている。まして、夫となる仁は名波商事グループの副社長でもある。顔も知られているうえ、こんなことになっていては、葵のホテルでの立場が気まずくなってしまう。
「よく考えるよ……会議だ」
書類を整理して、潤に渡す。席を立つと、会議に向かった。
朝から葵はドキドキしていた。今日、何の前触れもなく辞表を出すのだ。
決意は固く、迷いもない。
「おはよう、久美」
「あ、おはよう」
既に制服に着替え終わっていた久美は、昨日桃香からプレゼントされた化粧品を使ったと楽しそうに話す。
「美容液が凄くよかったよ。朝の化粧のノリが違うの」
「本当? 私はまだ使ってないから、今日の夜でも早速使うわ……あのさ久美、ちょっと話があるの」
「ん?」
「ちょっとこっちへ」
久美の話しを聞きながら素早く制服に着替え終わると、自動販売機が並んでいる給湯室に連れて行った。
「あのね、久美。急なんだけど、今日、退職届を出すの。今までありがとう」
「……え? 今、なんて……」
「やっぱり、会社を経営している人の妻は大変でね。両立が難しいかな?って。ずっと考えていたことだったの。ずっとお姑さんにお願いしていたこともあって」
「そ、そんな……だからって私に何にも言わないで。ずっと同期で助け合って来たのに……」
久美は、ショックを隠し切れない。
「だから言えなかったの……ごめん。でも、これからも友達だし、仁さん経由でいい男を紹介するから。許して? ね?」
「もう、分かった……で、いつまで?」
「今月いっぱいの予定」
「分かった」
自分でも不思議なくらいに嘘がすらすらと、口から出た。
久美と会話をしながらも、何度、今回の事を相談しようと思ったか。夫が一般の人であったならば、飲みながら亭主の悪口大会になっていただろう。そんなことも出来ない人と結婚したのだと、心が重くなってしまった。
「副社長、これから会議です。コーヒーでも飲んで、頭を切り替えてください」
朝から仕事に身が入っていない仁に、潤が釘をさす。
「あ? ああ。会議は何時だったか?」
「あと30分後です」
「分かった」
会議の打ち合わせをしていたが、長く続かない。仁が上の空だからだ。
「仁、葵ちゃん全く連絡が取れないぞ。スマホの電源も切っているし」
「そうなんだ」
「もう、ホテルに行くしかないんじゃないか?」
「いや、ホテルは葵の職場だ。それは止めよう」
「じゃ、どうすんだ?」
「わからん」
皮張りのチェアに腰掛け、足を組んで背もたれに体重をかける。
「今はパリでの会議報告と、商談の総まとめだ。プライベートな時間は取れない。隙間の時間を狙って職場に行くしか方法はないんじゃないのか?」
「……」
葵がホテルの仕事を大切にして、楽しんでいることを仁は知っている。まして、夫となる仁は名波商事グループの副社長でもある。顔も知られているうえ、こんなことになっていては、葵のホテルでの立場が気まずくなってしまう。
「よく考えるよ……会議だ」
書類を整理して、潤に渡す。席を立つと、会議に向かった。
朝から葵はドキドキしていた。今日、何の前触れもなく辞表を出すのだ。
決意は固く、迷いもない。
「おはよう、久美」
「あ、おはよう」
既に制服に着替え終わっていた久美は、昨日桃香からプレゼントされた化粧品を使ったと楽しそうに話す。
「美容液が凄くよかったよ。朝の化粧のノリが違うの」
「本当? 私はまだ使ってないから、今日の夜でも早速使うわ……あのさ久美、ちょっと話があるの」
「ん?」
「ちょっとこっちへ」
久美の話しを聞きながら素早く制服に着替え終わると、自動販売機が並んでいる給湯室に連れて行った。
「あのね、久美。急なんだけど、今日、退職届を出すの。今までありがとう」
「……え? 今、なんて……」
「やっぱり、会社を経営している人の妻は大変でね。両立が難しいかな?って。ずっと考えていたことだったの。ずっとお姑さんにお願いしていたこともあって」
「そ、そんな……だからって私に何にも言わないで。ずっと同期で助け合って来たのに……」
久美は、ショックを隠し切れない。
「だから言えなかったの……ごめん。でも、これからも友達だし、仁さん経由でいい男を紹介するから。許して? ね?」
「もう、分かった……で、いつまで?」
「今月いっぱいの予定」
「分かった」
自分でも不思議なくらいに嘘がすらすらと、口から出た。
久美と会話をしながらも、何度、今回の事を相談しようと思ったか。夫が一般の人であったならば、飲みながら亭主の悪口大会になっていただろう。そんなことも出来ない人と結婚したのだと、心が重くなってしまった。