現実は小説よりきなり
困った困った、予想外の事態だ。
「嵐ちゃん、ボーッとしてないで行くよ。あのお友達の所で良いんだよね」
そう言った井上さんは、私のトレーを奪い取ると眞由美達の居る席へ向かって歩き出す。
ってか、嵐ちゃんってなに?
「あ、いや...井上さん、私、運べるから」
だから、余計な事しないでぇ。
ほら、食堂の生徒が注目してるからぁ!
「良いの良いの。あ、井上さんとか固いから美樹で良いからね」
井上さんは聞く耳を持ってないらしい。
短くした膝上のスカートをヒラヒラさせながら歩いていく。
大体、美樹とか呼べませんからぁ!
本当、誰が彼女を止めてぇ~!
心の中で叫びながら彼女の後を追い掛けた。
ジロジロと向けられる興味本意な視線に俯いて歩く私は、小心者だ。
「はい、ここで良い?」
眞由美の隣の席にトレーを置いてくれた井上さんが笑顔で振り返る。
「あ、うん。ありがとう」
頷いた私に、
「はい、座って」
と椅子まで引いてくれる井上さん。
至れり尽くせりですな。
いやいや、そんなこと言ってる場合じゃない。
井上さんの突然の登場に、眞由美も可奈も目を丸くして口を開けたまま固まってるじゃん。
周囲の生徒はヒソヒソと噂してるし、ほんと勘弁してぇ。
「い、井上さん、ありがとうね。もう大丈夫だから」
とにかく、ここは早く立ち去って頂きたい。
私は席に座りながら隣に立ってる井上さんをチラッと見る。
「んもう、だから、美樹だってば」
水臭いなぁ、とバシバシ私の肩を叩くのは止めて欲しい。
っうか、水臭いとか言われる程の仲じゃないと思うんだけど。
そう思いながら彼女を見れば、期待を瞳に宿して私を見つめてた。
これは名前を呼んで欲しいって事だよね?
ってか、井上さんてば、どうして私になついてきてるのぉ。
「あ...えっと、美樹ありがとう」
これ以上居られても困るので、一先ず名前を呼ぶことにした。
「うん。じゃあ、食べ終わった頃にトレー下げにくるね」
愛らしく微笑まれた。
「いや、あの、だ、大丈夫だから。と、友達に頼むし」
ね、と眞由美と可奈を見る。
もう来られちゃ困る。
これ以上目立ちたくないのよ。
「あ、うん。だよね」
と眞由美。
「私達が片付けるよ」
と可奈。
ありがとう、二人ともぉ。
「そう?じゃあ、またね」
あっさりと引き下がってくれた事にホッとした。
手を振って去っていった彼女の背中を複雑な思いで見つめたのは言うまでもない。
だけど、私は知らなかった。
私の普通を脅かす井上さんの登場は、始まりでしかなかった事を.....。