君色-それぞれの翼-
「滑川識です。」
戸谷君の自己紹介が終わり次の人に移った途端、あたしは視線を手元に戻した。
戸谷君以外の男子に興味が持てなかった。たまにチラっと自己紹介をする人達を見ても、何とも思わなかった。
途中からは睡魔があたしを襲う。
女子に回って余計聞き取りにくくなった声のせいだろうか。この広い食堂の中では、あまり声は響かない。
あたしは小さく欠伸をした。
「松井苗です。」
今にも寝そうになっていたあたしは、この声に反応した。
聞き取りやすく、透き通った声。籠っておらず、ハッキリした口調。
声がする方に視線をやる。
この子………
さっき戸谷君が見ていた女の子。
長身で周りを和ませる様な笑顔の持ち主。松井苗。
「ピアノが得意です。」
彼女はまたニコッと笑顔を振りまいた。
ちなみに得意な教科も音楽という音楽好き。
気付けばあたしはずっと松井さんを見ていた。
魅入ってしまう笑顔。
松井さんを見ていた戸谷君の表情。
二つの顔が交差し、訳が分からなくなる。
手に汗を握り、唇を噛み締めた。
気付けばあたしに順番が回り、立ち上がった。
「一橋希咲です。」
そして、このセリフ。
「五田市出身です。」
この大勢の中で五田市に住むのはあたしと戸谷君の二人だけ。
戸谷君はそんなこと考えるかな。
ましてやあたしがそれを嬉しく思っていること…知ってるかな。
そんなことを考えながら、自己紹介を進めた。
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「ねむ…」
「何言ってんの、消灯時間まであと1時間あるのに。」
「勉強だるーいーねーたーいー!!」
入浴後。戸谷君のことは一端忘れて勉強をしよう、と心を入れ替えた。が。うるさい会話が部屋に響く。勉強しているあたしの隣で喚く雪に郁那がチョップを食らわせる。
とても集中出来る雰囲気では無かった。