むとうさん
「あっそういえばアボカド安かったから買いました。ソースかけてみようかなって」

「アボカドにはソースだろ。」

T字路で顔をハンドルの前に出しながら言う。

やっぱり普通の人と比べると愛想は良くないんだけど、陽の下のむとうさんは少しおしゃべりで、普通の人だった。

はっと気づくと福富町の路地にいた。風俗と韓国料理の店で埋まった古い商店街。

「ていうか家どこよ?」

山側なんで、反対方向です…。おそるおそる言うと、ちっ早く言えよ、と反対方向へ向かう道を探し始めた。

ごめんなさい、と助手席でもぞもぞした。あなた聞かずに車出したじゃないって言うところだけど、この人の前ではへこへこしてしまう。何もないのに自然と力関係が下になっていた。

むとうさんといるとその一挙一動に気を揉んでしまう。茹でたタコみたいにキューっと固く身が縮んでいくのだ。

車を降りるとき、ゴールドのロレックスの時計が顔を覗かせる腕に買い物袋を持って、「せっかく買ったんだから、ちゃんと飯作って食えよ。」と口の端を上げてニヤっとされた。

一人暮らしの冷蔵庫で結局自炊しないで野菜を液状化させている生活を見透かされたようで恥ずかしくなりつつ、彼が別れ際機嫌がよかったことに安堵した。
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