ビターチョコ
翌朝。
起床して白米とお味噌汁をボソボソと食べる。
眠いと食欲もないが、食べなければ今日の授業は乗り切れない。
なにせ理系クラスのくせに1時間目から英語なのだ。
ボーッとテレビの占いコーナーを見ていると、父親から声がかかった。
「理名。
そろそろ家を出ないと、いつもの電車間に合わないんじゃないのか?
お前にしては珍しく占いなんか見て、どうしたんだ?
恋煩いか進路の悩みか?」
慌てて時計を見ると、家を出る時間の15分前だった。非常にマズい。
白米を胃に流し込んで、アイラインだけ引いてからメガネをかけて鞄を持ち、ダッシュで家を出る。
いつもの電車には間に合ったが、占いの内容が気にかかった。
『1月生まれのあなたは、近々大きな決断を迫られることがあるかも?
自分の気持ちに素直になろう!』
とのことだったが、大きな決断とは進路のことか、はたまたそれ以外か。
そんなことを考えていても仕方ない。
占いの内容は頭の片隅に追いやろう。
朝のテレビのことを考えるよりは、いかにして今日の英語の授業を乗り切るかが重要だ。
指名して答えられなかったり間違えたら着席できないシステム、やめてほしい。
中学の時の公民の授業は、生徒全員を起立させて、新聞に載っている時事問題を正解できたら着席できるシステムになっていた。
あれで入試対策をしているつもりの社会科の教師がいた。
あの時間も苦痛だったのだ。
ため息をつきながら最寄り駅を降りて改札を出たところで、わりと強めの力で肩を叩かれた。
「やほ!
理名じゃん!」
琥珀ちゃんだった。
「あれ、琥珀ちゃん?
おはよ。
いつもこの時間?」
「いつもはもう少し遅いんだけど、今日は日直でいろいろやらなきゃいけないからこの時間なんだよね。
まぁ、遅刻するよりはいいけど」
日直は、先生が来るまでに教室の机や椅子の乱れを直したり、教卓の辺りを重点的に掃除したりする。
授業で備品を使う場合は教師と一緒に運んだりもしなければならない。
その上、備品貸し出しに立ち会ってサインをしなければいけない決まりだ。
また、授業内でビデオや映像を観る場合はそういうセッティングも手伝わされる。
日直は割とハードなのだ。
しかも、日直は前日にランダムで決まるため、
日直になることを見越してズル休み等は出来ない。
ただ、代理もできないわけではない。
日直本人が急な身内の不幸で忌引など、やむを得ない事情があるときのみだ。
「日直、割とやること多くて大変だけど、他の高校はそこまでやらないよなって思うと特別感出るよね。
それに、日直だってちゃんとやれば内申、上げてくれるかもだし」
そうなのだ。
この日直システムは自主性と積極性、何かあれば教師に改善提案ができるようにするという意図がある。
高校卒業後に社会に出る人も困らないようにするために、この年度から新しく作られた。
もちろん、改善提案を的を得たものならば採用されるし、その場合は内申書にも良い評価がつく。
他の学校にこんな日直制度があるのかどうか、拓実くんにでも聞いてみたいくらいだ。
歩きながらそんな話をしていると、学校の門に着いた。
昇降口でローファーを脱いで、のろのろと上靴に履き替える。
琥珀ちゃんはお互い今日も頑張ろうとだけ言い残して、さっさと教室に向かってしまった。
教室に行っても、まだ皆は来ていないだろう。かといって、他に行くあてもない。
どうしよう、と悩んでいると、ふと思い当たった。
向かった先は保健室だ。
養護の伊藤先生はもういた。
「あら、理名ちゃん。
おはよう。
昨日のことは宝月くんと矢榛さんから聞いているわ。
関口さんの気持ちも分かるのよ。
美川さん、たまたま虫の居所が悪かったのかしらね。
いつものようにノートのコピーを持ってきた彼女にかなり感情的に怒鳴ってたから。
『毎日何?
私がいつ、ノートのコピー持ってきてくれって頼んだ?
私も頼んでないし、あなたたちにこんなことしてもらわなくても勉強くらい追いつける!
余計なお節介もいい加減にして!』って。
『何それ。
私も、皆も。
自分の寝る時間も自分の勉強時間も、コピーするのにお金まで削って華恋が困らないようにってノートまとめ直したりしてくれてるのに。
その言い方はないと思う、最低だよ!
理事長さんに進路のこととかいろいろ相談に乗ってもらったみたいだけど。
人の気持ちも慮れない人がウェディングプランナーなんてちょっと難しいんじゃない?
進路、考え直したほうがいいかもよ?』
普段の彼女たちとは思えない、口喧嘩になってね。
関口さんも美川さんも、元来優しい性格だから良心は痛んだみたい。
先に関口さんのほうが心が折れて、あとは理名ちゃんも知ってのとおりよ。
小野寺くんと秋山くんの2人がいなかったら、どうなってたか。
最悪の事態も覚悟しなきゃいけなかったわね。
まぁ、こちらもこちらで美川さん、あのあとずっと自分を責めてて落ち着かせるの大変だったのよ。
そろそろ美川さんが登校する頃ね。
あなたも教室行きなさい。
もう誰かいるでしょ」
そう言った伊藤先生にペコリと頭を下げて、教室に向かった。
「あれ、理名じゃん。
おはよー」
教室に入った私を、椎菜が迎えてくれた。
「早くない?
椎菜」
「麗眞が日直だから、付き合いで早く来ただけなんだけどね。
まぁ、本人は私に言われるまでそのこと忘れてたんだけど。
文系クラスは割と備品とか使わないおかげで教卓とか黒板周りの掃除だけでいいから楽なんだって」
そう言いながら、さり気なく椅子や机の乱れを直す椎菜。ブラウスのボタンは今日は上まで閉まっている。
「もう、私昨日言ったじゃん?
イチャラブはほどほどにって」
「んー?ちょっといろいろあってね。
流れでこうなったの」
どんな流れよ……
バタバタと廊下を走る足音がしたと思ったら、深月と秋山くんが姿を現した。
「おはよー、さすが日直。
早いねぇ」
「おはよー。
さり気なく日直を手伝わされてるだけって気付かないかなぁ。
椎菜、何かガツンと言ってやっていいんじゃないの?
ちょっとは言ってやらないと、すぐ調子に乗るよ?
麗眞くんみたいなタイプは」
「あ、深月も秋山くんもおはよー。
いいの、一人でポツンと学校行くより一緒のほうが賑やかで楽しいし」
「椎菜ちゃん、学園のアイドルだし可愛いから1人で歩いてると身が危なそうだしな。
ファンの後輩とかに付け回されそうで。
麗眞がきっちりボディガードをしてるなら心強いだろうし」
そんな会話をしていると、ドアが開いて美冬が息を切らして入ってきた。
「よかった、遅刻しなくて……」
「だから、俺の家から駅までの近道教えたじゃん、もう」
後ろにいるのは小野寺くんだ。
「あ、みんなおはよ!」
笑顔を見せてはいるが、目の周りは少し腫れているようだ。
「だから冷やしとけって言ったのに。
無理やり寝る前に目に保冷剤当てさせたの正解だったな。
これで当てとかなかったら悲惨だったぜ?」
「あれ、もしかして美冬、小野寺くんの家から来たの?」
「ああ。
俺の家に居させたよ。
一人にさせるの不安だったし。
あわよくば、って下心も数ミリはあったけど、さすがにそこは思い留まったよ。
美冬の母親に一応許可取ってな。
ま、幼馴染だし許可取らなくても平気だったぽいんだけど、何かあったら困るし。
美冬の母親に顔見せたら一瞬誰か分からなかったみたいでポカンとしてたな。
保育園の頃は、背の順で前と後ろだった子ですってことを話したら、割とすぐに俺のことを思い出してくれた」
「お、親公認の仲ってこと?
なになに?
このメンツの中じゃ、ダントツで麗眞くんと椎菜が一番早くゴールインかと思ったけど、美冬と小野寺くんもいい勝負かも?」
深月の冷やかしに、頬を赤く染めたのは椎菜と美冬だ。
「ちょっと深月!
もう、まだウチら学生だよ?
大学行くからまだ学生の期間長いんだから、そういう話はまだ早いって!」
美冬は照れからなのか、深月の背中をポカポカと叩く。
「うるさいぞお前らー!
ちょっとは学年上がった自覚あるのか?
早く席につけー」
ガラリとドアを開けて教師が入ってきた。
つまんないのーといいながら、椅子を引いて、各々の席に着く。
ガールズトークの続きはお昼休みにお預けのようだ。
今日のお昼休みは人数が少ないと思われるが、少ない人数だとしても取り留めのない会話は楽しめる。
何だか苦手な授業も頑張れそうだ。
起床して白米とお味噌汁をボソボソと食べる。
眠いと食欲もないが、食べなければ今日の授業は乗り切れない。
なにせ理系クラスのくせに1時間目から英語なのだ。
ボーッとテレビの占いコーナーを見ていると、父親から声がかかった。
「理名。
そろそろ家を出ないと、いつもの電車間に合わないんじゃないのか?
お前にしては珍しく占いなんか見て、どうしたんだ?
恋煩いか進路の悩みか?」
慌てて時計を見ると、家を出る時間の15分前だった。非常にマズい。
白米を胃に流し込んで、アイラインだけ引いてからメガネをかけて鞄を持ち、ダッシュで家を出る。
いつもの電車には間に合ったが、占いの内容が気にかかった。
『1月生まれのあなたは、近々大きな決断を迫られることがあるかも?
自分の気持ちに素直になろう!』
とのことだったが、大きな決断とは進路のことか、はたまたそれ以外か。
そんなことを考えていても仕方ない。
占いの内容は頭の片隅に追いやろう。
朝のテレビのことを考えるよりは、いかにして今日の英語の授業を乗り切るかが重要だ。
指名して答えられなかったり間違えたら着席できないシステム、やめてほしい。
中学の時の公民の授業は、生徒全員を起立させて、新聞に載っている時事問題を正解できたら着席できるシステムになっていた。
あれで入試対策をしているつもりの社会科の教師がいた。
あの時間も苦痛だったのだ。
ため息をつきながら最寄り駅を降りて改札を出たところで、わりと強めの力で肩を叩かれた。
「やほ!
理名じゃん!」
琥珀ちゃんだった。
「あれ、琥珀ちゃん?
おはよ。
いつもこの時間?」
「いつもはもう少し遅いんだけど、今日は日直でいろいろやらなきゃいけないからこの時間なんだよね。
まぁ、遅刻するよりはいいけど」
日直は、先生が来るまでに教室の机や椅子の乱れを直したり、教卓の辺りを重点的に掃除したりする。
授業で備品を使う場合は教師と一緒に運んだりもしなければならない。
その上、備品貸し出しに立ち会ってサインをしなければいけない決まりだ。
また、授業内でビデオや映像を観る場合はそういうセッティングも手伝わされる。
日直は割とハードなのだ。
しかも、日直は前日にランダムで決まるため、
日直になることを見越してズル休み等は出来ない。
ただ、代理もできないわけではない。
日直本人が急な身内の不幸で忌引など、やむを得ない事情があるときのみだ。
「日直、割とやること多くて大変だけど、他の高校はそこまでやらないよなって思うと特別感出るよね。
それに、日直だってちゃんとやれば内申、上げてくれるかもだし」
そうなのだ。
この日直システムは自主性と積極性、何かあれば教師に改善提案ができるようにするという意図がある。
高校卒業後に社会に出る人も困らないようにするために、この年度から新しく作られた。
もちろん、改善提案を的を得たものならば採用されるし、その場合は内申書にも良い評価がつく。
他の学校にこんな日直制度があるのかどうか、拓実くんにでも聞いてみたいくらいだ。
歩きながらそんな話をしていると、学校の門に着いた。
昇降口でローファーを脱いで、のろのろと上靴に履き替える。
琥珀ちゃんはお互い今日も頑張ろうとだけ言い残して、さっさと教室に向かってしまった。
教室に行っても、まだ皆は来ていないだろう。かといって、他に行くあてもない。
どうしよう、と悩んでいると、ふと思い当たった。
向かった先は保健室だ。
養護の伊藤先生はもういた。
「あら、理名ちゃん。
おはよう。
昨日のことは宝月くんと矢榛さんから聞いているわ。
関口さんの気持ちも分かるのよ。
美川さん、たまたま虫の居所が悪かったのかしらね。
いつものようにノートのコピーを持ってきた彼女にかなり感情的に怒鳴ってたから。
『毎日何?
私がいつ、ノートのコピー持ってきてくれって頼んだ?
私も頼んでないし、あなたたちにこんなことしてもらわなくても勉強くらい追いつける!
余計なお節介もいい加減にして!』って。
『何それ。
私も、皆も。
自分の寝る時間も自分の勉強時間も、コピーするのにお金まで削って華恋が困らないようにってノートまとめ直したりしてくれてるのに。
その言い方はないと思う、最低だよ!
理事長さんに進路のこととかいろいろ相談に乗ってもらったみたいだけど。
人の気持ちも慮れない人がウェディングプランナーなんてちょっと難しいんじゃない?
進路、考え直したほうがいいかもよ?』
普段の彼女たちとは思えない、口喧嘩になってね。
関口さんも美川さんも、元来優しい性格だから良心は痛んだみたい。
先に関口さんのほうが心が折れて、あとは理名ちゃんも知ってのとおりよ。
小野寺くんと秋山くんの2人がいなかったら、どうなってたか。
最悪の事態も覚悟しなきゃいけなかったわね。
まぁ、こちらもこちらで美川さん、あのあとずっと自分を責めてて落ち着かせるの大変だったのよ。
そろそろ美川さんが登校する頃ね。
あなたも教室行きなさい。
もう誰かいるでしょ」
そう言った伊藤先生にペコリと頭を下げて、教室に向かった。
「あれ、理名じゃん。
おはよー」
教室に入った私を、椎菜が迎えてくれた。
「早くない?
椎菜」
「麗眞が日直だから、付き合いで早く来ただけなんだけどね。
まぁ、本人は私に言われるまでそのこと忘れてたんだけど。
文系クラスは割と備品とか使わないおかげで教卓とか黒板周りの掃除だけでいいから楽なんだって」
そう言いながら、さり気なく椅子や机の乱れを直す椎菜。ブラウスのボタンは今日は上まで閉まっている。
「もう、私昨日言ったじゃん?
イチャラブはほどほどにって」
「んー?ちょっといろいろあってね。
流れでこうなったの」
どんな流れよ……
バタバタと廊下を走る足音がしたと思ったら、深月と秋山くんが姿を現した。
「おはよー、さすが日直。
早いねぇ」
「おはよー。
さり気なく日直を手伝わされてるだけって気付かないかなぁ。
椎菜、何かガツンと言ってやっていいんじゃないの?
ちょっとは言ってやらないと、すぐ調子に乗るよ?
麗眞くんみたいなタイプは」
「あ、深月も秋山くんもおはよー。
いいの、一人でポツンと学校行くより一緒のほうが賑やかで楽しいし」
「椎菜ちゃん、学園のアイドルだし可愛いから1人で歩いてると身が危なそうだしな。
ファンの後輩とかに付け回されそうで。
麗眞がきっちりボディガードをしてるなら心強いだろうし」
そんな会話をしていると、ドアが開いて美冬が息を切らして入ってきた。
「よかった、遅刻しなくて……」
「だから、俺の家から駅までの近道教えたじゃん、もう」
後ろにいるのは小野寺くんだ。
「あ、みんなおはよ!」
笑顔を見せてはいるが、目の周りは少し腫れているようだ。
「だから冷やしとけって言ったのに。
無理やり寝る前に目に保冷剤当てさせたの正解だったな。
これで当てとかなかったら悲惨だったぜ?」
「あれ、もしかして美冬、小野寺くんの家から来たの?」
「ああ。
俺の家に居させたよ。
一人にさせるの不安だったし。
あわよくば、って下心も数ミリはあったけど、さすがにそこは思い留まったよ。
美冬の母親に一応許可取ってな。
ま、幼馴染だし許可取らなくても平気だったぽいんだけど、何かあったら困るし。
美冬の母親に顔見せたら一瞬誰か分からなかったみたいでポカンとしてたな。
保育園の頃は、背の順で前と後ろだった子ですってことを話したら、割とすぐに俺のことを思い出してくれた」
「お、親公認の仲ってこと?
なになに?
このメンツの中じゃ、ダントツで麗眞くんと椎菜が一番早くゴールインかと思ったけど、美冬と小野寺くんもいい勝負かも?」
深月の冷やかしに、頬を赤く染めたのは椎菜と美冬だ。
「ちょっと深月!
もう、まだウチら学生だよ?
大学行くからまだ学生の期間長いんだから、そういう話はまだ早いって!」
美冬は照れからなのか、深月の背中をポカポカと叩く。
「うるさいぞお前らー!
ちょっとは学年上がった自覚あるのか?
早く席につけー」
ガラリとドアを開けて教師が入ってきた。
つまんないのーといいながら、椅子を引いて、各々の席に着く。
ガールズトークの続きはお昼休みにお預けのようだ。
今日のお昼休みは人数が少ないと思われるが、少ない人数だとしても取り留めのない会話は楽しめる。
何だか苦手な授業も頑張れそうだ。