毒舌紳士に攻略されて
すると坂井君はいつの間に食べ終えたのか、空になった食器が乗ったトレーを手に立ち上がった。
そしてゆっくりと身体を屈ませると、私にしか聞こえないようわざとらしく耳元で囁いてきた。

「それは彼氏にしてくれたら、教えてやるよ」

「なっ……!」

吐息交じりの声が、耳を燻り反射的にすぐさま囁かれた耳を両手で覆うと、坂井君は可笑しそうに笑い出した。

信じられない!こんな公衆の面前でこんなことするなんて!!

さっきから周囲は「キャーキャー」と騒がしい声で溢れているが、今の私はそれを気にしている余裕などない。
私を見下すように見つめる彼から、視線を逸らすわけにはいかないのだから。
だってそれって変に意識しているようで、嫌だ。
ハッキリ言って坂井君を彼氏になどしたくない。好きでもないし、第一坂井君の彼女になったりでもしたら、この会社で私は生きていけなくなるに決まっている。

「そっ、それなら教えてもらわなくてけっこうです!……坂井君がかっ、彼氏とかあり得ないから」

最後はもちろん小声で話したものの、変に声が詰まってしまった。
囁かれた耳はいまだに熱を帯びたままだし、気持ちとは裏腹に身体は意識しちゃっている。
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