シンデレラは硝子の靴を
百合の花はもうないのに、車の中には香りだけがまだ残っている。


病院に送る際、沙耶は助手席に座ると直ぐにそれに気付いた。




『坂月さんって…たまに百合の香りがしますね』




まるで気が動転している自分を宥めるかのように静かに口にする。




彼女は何の気もなしに言ったのだろうが、坂月にしてみれば、思ってもみなかったことだった。


今日はまだしも、『たまに』ということは、他の日にも気付いていたということだからだ。




―だから、百合の花は好きじゃないんだ。



香りがきつく残って、わかってしまうから。


まるで自分の気持ちみたいに。


そこにはないのに、あるかのような。




坂月は、ハンドルにもたれかかり、雨に打たれるままの景色を見つめた。





「…諒の奴、何やってんだよ……」



沙耶の気持ちはちっとも、諒へ向いていないじゃないか。


思い出してもらう、とか、好きになってもらう、とかよりも、以前の問題だ。



最初から線を引かれている。




「早くしろよ…俺にだって限界がある―」




一人きりで呟いた言葉は自分にかける呪文のようで。



以前から、じわじわと。


しかし確実に内側にあった感情が這い上がってくるのを、坂月は感じた。


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