恋愛温度差
「旺志~、あかりちゃんがお前に用事があるってよ」
 店内に入り、ケーキの入ったショーケース前に立った黒崎さんが、厨房にむかって大きめな声をあげた。

 前面ガラス張りで、厨房が良く見える。
 君野くんは流しで洗い物をしていた。

 黒崎さんの声が耳に入ったのか。君野くんは顔をあげると、一度、私と目を合わせた。
 水を止め、白いエプロンで濡れた手を拭いた君野くんは、厨房からレジのほうへと出てきた。

「もうちょっと待ってて。あと少しで、終わるから」と君野くんが話しかけてくる。

 私はコクンとうなずくと、くるりと背を向けて、店を出ていこうとした。

「ちょ……、あかりちゃん。外は寒いって!」
 黒崎さんが私の肩を掴んで引き留めてくれる。

「あ。でもお邪魔しちゃ悪いので」
「用事だけ済ませて帰ればいいだろ?」

『用事だけ』……黒崎さんの言葉が脳内で木霊する。
 ちゃんと言えなかったわたしが悪い。
 すぐに済むようないい方をしたから、いけない。

「旺志も、待たせないで。用件を聞くくらいできるだろ?」
 黒崎さんが、君野くんを手招きする。

 厨房に戻ろうとしていた君野くんが、またレジに足を戻した。

「この後、食事にいくんで」と、君野くんが言い残し、サクサクと厨房に戻っていった。

「そうなの?」と、黒崎さんがわたしに質問してくる。

「はい。昼間、うちの店にきたときにそういう話になりました」
「旺志がまた行ったのか?」
「茂美さんと君野くんが意気投合しちゃって。話が盛り上がって、今日も一緒にご飯食べようって」
「え? 茂美と意気投合したのに、食事するのはあかりちゃん???」

 黒崎さんが不思議そうな声をあげた。

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