インセカンズ
緋衣はマンションを出ると駅へと向う。気を抜くと今にも座り込んでしまいそうだった為、途中にあるコンビニで休んでいくことにする。

いつもは気に留めないのに、今日はどうしてなのか、帰宅時間に合わせて行き交う人々の中でカップルばかりが目に留まる。28になるいい大人の女が、金曜の夜にセフレからマンションを追い出されるなんて話は、どこにでも転がっているようなよくある話なのだろうか。

コンビニに入ると、セルフサービスのホットコーヒーを買って、カフェコーナーで一息つく。

緋衣は、安信の部屋に消えた女性を思い出す。嫌味がなく綺麗な人だった。年は緋衣と同じ位か少し上といったところだろう。食材が入ったエコバックを持参する女性がセフレやセカンドの訳がない。恐らくが、噂の婚約者なのだろう。

双方の両親が揃っていたからこそ両家の顔合わせという話しになったのだろうし、安信の隣りに並んでも華やかで引けを取らない。確かに、彼女が相手であれば、十人並みやそこらでは太刀打ちするのは難しいだろう。そもそも彼は自分の噂を肯定も否定もしない人間だからはっきりとは分からないが、そろそろ年貢の納め時なのだろうと緋衣は思う。

ふーふーしてコーヒーを冷ますと、カップに慎重に唇を当てる。

コーヒーの香りは、どうして癒されるのだろう。湯気の立つ方をぼんやり眺めていると、どういう訳か窓越しに安信の姿を見つけて、心臓がどくんと大きな音を立てて踊る。

次の瞬間、目が合って、彼は当たり前の様に店に入ってきた。

「アズ、コーヒー飲んでんだ? ここの上手いよな」

緋衣の手元を見てそう言うと、「俺も」と言ってレジに向かう。

戻ってきた安信の手には、緋衣と同じホットコーヒーとマルボロがあった。彼は緋衣の隣りに腰掛ける。
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